第十四話 悪魔……?

 柊真は林檎に手を引かれ、到着したのは河川敷。かなり広い芝生の絨毯が敷かれているが、なぜか人は一人もいない。ジョギングをしている人も、芝生に寝そべっている人もいない。


「ねぇおにーちゃん。赤いお花を見たいの」


「うん、いいけど……赤いお花咲いてるかなぁ?」


 柊真はあまり花の咲いていない芝生を見渡しながら林檎を送り出す。

 しかし、林檎はその場を動かない。柊真が不思議に思っていると、突然腹部に衝撃が走った。


 ――それは一瞬だった。林檎の右拳が柊真の腹を突き刺したのだ。柊真は突然の出来事に動揺し、モロにみずおちに食らった痛みを実感する。


「キシシッ!やっぱり見た目が変わらないのは騙し討ちができていいね!」


 林檎の姿をした悪魔はうずくまる柊真を見ながら高らかに笑う。


「り、林檎ちゃん…?」


「その名で呼ぶなよ。同じ体とはいえ別人なんだから」


「別人…?」


「あーあー、キミなら理解できるでしょ?二重人格ってこと。あいつが林檎なら…ワタシは…毒林檎かなぁ。ポイズとでも呼んでよ」


 ポイズはキシシと笑いながらしっぽをフラフラさせる。


「ねぇ、大井柊真くん。キミは咲良おねーちゃんのこと、大事だと思ってる?」


「あ、当たり前だろ!俺にできた初めての彼女で…色々発展しすぎな気はするけど、大切な人だよ!」


「ふーん」


 熱弁する柊真を見ながらポイズは背中から羽を生やし、空へと高く飛び上がる。


「そんでさぁ、キミはどんだけおねーちゃんのこと知ってるの?いつからの付き合いなの?自分の口で言ってみなよ」


「……たしかに俺と咲良は高校からの付き合いだ。まだまだ咲良のことはあまり知らないし、悪魔とかの力についても全然分からない。だけど、俺は……!俺はあいつを守れると思うんだ!」


「――なんだよその綺麗事……!御託を並べるのも大概にしろ!ワタシはそういうことを聞いてるわけじゃねぇんだよ!」


 ポイズは声色を大きく変え柊真に対し激怒する。いつの間にか沈み始めた夕日がポイズだけを照らす。


「いいかカス人間!ワタシはおねーちゃんと生まれた時から付き合ってきたんだ!会って半年も経たねぇゴロツキがおねーちゃんを『守れる』だぁ?ふざけんな!四重人格の悪魔なんてもの、色々な人間から狙われるに決まってる!悪魔からも吸血鬼からも宇宙人からも狙われるだろうなぁ!だが!お前の種族はなんだ!?ただの人間じゃねぇか!別の種族が互いを分かり合うこと……そしてあの逸材を守ること……それを両立させることが出来ると思ってんのか!?」


 ポイズは若干の涙を空からこぼしながら叫ぶ。それを見た柊真は何も言い返せなくなってしまった。


「もしも……もしもお前にあの子を守るほどの力があるというのなら!ここで証明して見せろ!出来ないのなら死ね!というか出来なかった瞬間ワタシが殺す!」


 ポイズは凄まじい剣幕で柊真に殺意を向ける。そして、その眼差しが実態化したかのように鋭い光の矢が空から降り注ぐ。柊真はそれをかろうじて避ける。あれに当たったら間違いなく死ぬ、と感じさせるほどに鋭いその矢は床に当たった瞬間砕け散った。いや、燃え尽きたという表現が正しいかもしれない。


「オラオラ!どうした!?守れるんなら守れると証明できるだけの実力を見せてみろよ!」


「やめて!」


 ポイズが新たに三本の矢を生み出したその瞬間、柊真の前に咲良が大きく手を広げて立ち塞がる。それは柊真を守るためのものだった……


「……ふーん。おねーちゃんはそっち側なんだ。ていうか、なんで守るはずの人間が守られてるわけ?」


 ポイズが矢を消滅させてからガッカリしたように嘲笑した。柊真と咲良は目に涙を浮かべていた。


「こんなんなら、おねーちゃんのお荷物が増えるだけじゃん!つまりそこに居る意味はないって訳だ!じゃあ君には価値がないよねぇ!そーゆうわけで、殺すから。どいて、おねーちゃん」


「……彼氏を殺すとか言われて、簡単に立ち去ると思う?」


「……ずいぶんと決意に満ちた表情だね、おねーちゃん。でもさ、考えてもみてよ。そんなやつ、守る価値ある?戦える訳じゃない、長い期間一緒にいる訳でもない!そんなやつ、自分で動けるただの荷物じゃんか」


 柊真はこの状況で何も出来ない自分に嫌気がさす。どうすればいいんだ……どうすれば守れるんだ……なんで俺は守られてるんだ……


「んで、どうすんのおねーちゃん。本気で行っちゃう?実の妹のように可愛がった林檎ちゃんだよ?」


「いや、あなたは林檎ちゃんじゃない。少なくとも、今まで私に見せてきた人格じゃない……だけど、だからといってあなたと戦う訳にはいかない!」


 咲良はもう一度手を広げ直して、自分は断固として守りに徹するという思いをポイズに示す。


「ふーん……ま、ワタシもおねーちゃんを愛しているからね。迂闊に攻撃するわけにはいかないかなぁ」


 ポイズはそう言いながら気だるそうに髪を触る。日はもうほぼ沈んでしまっていた。


「でもね!ワタシはおねーちゃんに迷惑をかけるお荷物は許せない!死ね!」


 ポイズは前を向き直し、簡潔ながらも突き刺すような言葉を吐きながら光の攻撃を始める。


「だめ!そんなことしたら!」


 咲良が攻撃を中断させようとする。が、始まってしまった攻撃は弧を描きながらも、正確に柊真を狙う。咲良はそれを咄嗟に出した羽で薙ぎ払う。

 柊真は初めて目の前で咲良の羽を見て、心の中のどこかが刺激される。

 咲良の瞳の色は青色の絵の具に赤色の絵の具を一滴たらしたような、そんな色だった。


「……ごめん、咲良、ありがとう」


 柊真は三つの単語だけをその場に残し、こんどは咲良の前へと立ち塞がる。


「さあ!ドンと行くから、ドンと来い!」


柊真はそう叫んでこれから向かってくるであろう攻撃に備えた。

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