第十三話 ほんとにちょっとしたあそび

「え、いや、ほんとにいいんですか?どこの馬の骨かも分からないようなやつですよ?あと『娘さんを僕にください!』的なやつもないじゃないですか」


 柊真は「娘をよろしく」という発言がなにかの間違いというわけではないかどうかを確認する。


「あ、確かにやってないな。一応やる?」


「じゃ、じゃあ一応…娘さんを僕にください!!」


「いいよー」


 咲良の父は間髪入れず快諾する。しかもノリが軽い。こんなんでいいのか!?


「娘が決めた彼氏だしなぁ。というか、黄金の血って時点で断れないよ。吸血鬼にとって重要な成分が何もしなくても分泌されるなんて言うんだから、そりゃ一発快諾よ。成長にもいいらしいし」


 咲良の父はうんうんと頷きながら話す。柊真はこのふわふわとしたノリに首を傾げながらも、まあこんなものかと開き直る。


「で、どうだ。咲良は五日付き合ってみて、なんか感じることあるか」


 咲良の父が咲良に問いた。


「えっと、優しくて、人前で告白するくらいの勇気があって、ちょっと涙脆くて…血が美味しい」


 咲良は人間の人格ながら、口から少し牙を出してニコりと笑う。柊真は血が美味しいって体質じゃんか、と思いながらも、褒められていることを素直に喜ぶ。


「うーん、でも嫉妬しちゃうな。娘を取られたみたいで。まあ許可したの僕だしいいけどね」


 咲良の父は若干の嫉妬の眼差しを柊真に向ける。それはチアキのあの鋭い眼差しを思い起こさせるものだった。親子って似るもんだな…


「もう、そんなので嫉妬しないでくださいよ!仮にも咲良の運命の人なんですよ!」


 咲良の母がたしなめると、咲良の父は「すまんすまん」と平謝りをする。

 柊真は「仮にも」なのかと残念な気持ちになる。


「じゃ、これからよろしくってことで。結婚式には呼んでな」


 咲良の父がジャブレベルのボケを繰り出しながら自分の部屋に戻っていく。


「さ、流石になりたての高校生なんで十年くらい後になりそうです…」


 それを柊真は冷静にかわす。咲良の母も部屋に帰っていった。そのタイミングを見て林檎が裾を引っ張る。


「ね、おねーちゃんとおにーちゃん、あそぼ」


 林檎は細くて可愛らしいしっぽをブンブンと振り回す。柊真が「何して遊ぶ?」と問いかけると「キャッチボール!」と答えた。女の子とは思えないスポーティなチョイスだ。


「良いけど、三人分のグローブある?」


「ある。青いのと赤いのと黒いのがある」


 林檎はどこに隠していたのか、グローブを取り出して言った。ボールはキャッチボール用の柔らかいやつだ。


◇ ◇ ◇


 外は朝の晴天をそのまま残しており、地面が若干ぬかるんでいる以外は運動に適した感じの環境だった。長良家の庭はかなり広々としており、投球練習くらいならすぐに出来てしまいそうな程であった。


「じゃあ、林檎ちゃん、行くよー」


 咲良がボールを投げる。緩く弧を描いたボールは林檎の赤いグローブの中にパシッと収まった。そのあと即座にボールを右手に取り柊真に向けて投げる。

 林檎の投げたボールは素人が助走なしで投げたとは思えないほど直線的なボールとなり、柊真はフォームと球筋のギャップのせいでボールをこぼしてしまう。


「あちゃー、唯一の男なのにいい所見せらんないなぁ」


「いや、今のはおにーちゃん悪くない。ワタシが強く投げすぎた。魔力込めて投げたし」


 林檎は赤のグローブをパカパカさせる。柊真は魔力怖えーと思いながら、こんな力が咲良から送られているという事実は信じられないな、と自分を疑ってみる。


「あれ、そういえば林檎ちゃんのお母さん達はどこにいるの?咲良のいとこってことは、咲良とは別に親がいるはずだよね?」


 柊真がボールを咲良に投げながら聞く。するとボールを待つ林檎は飴玉を舐めながら答えた。


「ワタシのパパとママはある日どこかに行っちゃった。だからワタシはこの家に住んでる」


「どこかって…どこ?」


「ナンセンスな質問。それくらい察してよ」


 林檎が受け取ったボールを今度は助走ありで投げつける。柊真はまた失言をしてしまった。この失言癖は治していかないと絶対どこかで公開する羽目になる。現に今林檎に投げられたボールが腹に直撃したところだ。


「キャッチボール飽きた。次はサッカーしよ。ドリブル勝負」


 林檎がグローブを置き、今度は試合で使うボールより一回り小さいボールを出す。それから小石を一定間隔に並べた。


「この隙間をドリブルで通るの。ミスしたら一発ギャグ」


 林檎は罰ゲームを設定したがそれはかなりキツいものだった。咲良と柊真はその罰ゲームはヤバい、と顔をしかめる。


「いや、林檎ちゃん。一発ギャグはないんじゃないかな」


「おにーちゃん、分かってない。一発ギャグをしてこそ真の面白人間になれるというものだよ」


 柊真は別に面白人間になるつもりはない。が、子どもの遊びなので付き合ってあげることにした。咲良は失敗する前に対策を打とうとし、瞳の色を黄色にする。


「やあやあ!そういうことなら運動が得意なボクからやっちゃおっかなぁ?だからドリブルくらいよゆーよゆー」


 美宙が華麗なステップで小石をかわしていく。なんならフェイントなんかも入れている。


「おー上手い。やっぱりうちゅー人のセンスはすごい。じゃ、つぎおにーちゃん」


 柊真がボールを扱おうとしたその瞬間、緊張からかボールを触り損ね、それが庭を転々と転がってしまった。


◇ ◇ ◇


 一発ギャグをした柊真はドッと疲れる。らしくないことをするのは良くない。しかも肝心の一発ギャグはというと、林檎にも美宙にも大してウケず、ただ悲しい気持ちだけが残った。


「ねぇおにーちゃん。おにーちゃんに見せたいものがあるんだ。来て」


 林檎は美宙を置いて柊真をどこかに連れていく。柊真はなぜか林檎の声色が変わっている気がした。

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