ちょっとずつ明かされる秘密

第十二話 いきなりの親

 六月四日。梅雨に似つかわしくない晴天のもと、中型トラック一台が柊真の家の前に到着した。


「よっす!なんだよ彼女と同棲だっけ?ませてんなぁ」


 トラックから降りてきた女性は柊真の親戚の占咲千鶴せんざきちずるさん。彼女は問屋の家系に生まれたということもあってか、常に動かせるトラックを持っている。


 このトラックには咲良の荷物が載っている。それは咲良の引越しが急ピッチで進められていることを意味していた。


 引っ越すとなると、通常であれば手続きだったり更新だったりといった面倒な作業が重くのしかかるものである。しかし、どうにか出来ないかとボロアパートの大家さんにお願いしたところ、来週の日曜日に引っ越させてくれることに決まった。


 大家さんは「どーせすぐに次の入居者入るからおっけー」と言っていた。あんな家でも駅チカ、というステータスがあるからか、意外にも人気らしい。


 一週間前の今日から運んでいるのは、作業を全体的に効率的にするためだ。これは、日曜日に全て運ぶのはそれなりに時間がかかるので、一週間前のうちにある程度運んでおこうという算段だ。


 運ばれてきた荷物は本や中学時代の教科書などの紙類。紙は集まると凄まじく重くなる。柊真は、ダンボールいっぱいに詰められた紙の重みを両腕で感じながら、二階の空き部屋に新しくできる咲良の部屋に運ぶ。


 トラックに積んであった五つのダンボールを運び終わり、千鶴が「じゃあまた日曜日」と言って帰って行ったと同時に、左から「柊真くーん!」と大きな声が聞こえる。


「ごめんね、手伝えなくて!荷造りに夢中になっちゃって……」


 咲良はゼェゼェと息を切らしながら柊真に事情を説明する。


「いいんだよ。で、行きたいところってどこ?」


 今日は日曜日。咲良が「行きたいところがある」と言っていたので、柊真はどこに行きたいと言われてもなんの問題もないように三万円を用意した。せっかくの初デートだ。三万程度の出費はどうってことは無い。さあ、咲良の行きたい場所は……


「私の実家…!」


「え?」


「私の実家に二人で行きたいな!」


「ええええええええ!?!?!?」


 柊真はとてつもない衝撃を受ける。付き合い始めて一週間も経たないのに実家に連れていかれるなんてことがあるのだろうか?


「一応聞くけどさ、何しに行くの?」


「お父さんとお母さんに紹介したいなって思って!私の……運命の人だし!」


 咲良はいつになく元気だ。柊真は「じゃ、行こっか」と、手を引かれ駅へと歩いていく。この時の柊真は、緊張で魂が抜けたように無気力に歩いていた。



◇ ◇ ◇



 電車に揺られ一時間、それから徒歩で十分ほど歩いたところに咲良の実家はあった。時刻は十一時。柊真は三万円の一部を使って買った菓子折を持って家の様子を伺う。一般的な一軒家ではあるが、彼女の家ということもあり、言葉では表しづらい風格を放っている。


「あ、咲良おねーちゃん」


 柊真の足元から小さな女の子の声が聞こえた。その方向に目をやると、猫耳フードを被った少女がいた。


「あ、林檎ちゃん!ただいまー!大きくなったね!」


 咲良が林檎と呼ばれる少女を抱っこし、その場で回ってみたり高くあげてみたりする。


「え、咲良って妹がいたの?」


「違う。ワタシは咲良おねーちゃんのいとこの五十嵐林檎」


 二人の仲の良い様子から妹だと勘違いした柊真に、林檎が対応する。


「ちなみに林檎ちゃんは悪魔なんだよね!しかもとっても強いの!」


 咲良が林檎の頭を撫でながら言う。よく見てみると林檎にはしっぽが付いているようだ。


「おねーちゃん、飴ある?」


「あるよー!……はい!」


 咲良は林檎に棒の付いたの飴を与えた。

 なんか今日は咲良が元気だ。久しぶりの実家が嬉しいのだろうか。


「じゃ、中入ろっか」


 咲良が扉の鍵を開け中に入る。扉の甲高いキーっと言う音が柊真にただならぬ緊張感を与える。


 咲良が「ただいまー」と言う。すると奥から咲良のお姉さんらしき人が現れる。


「咲良おかえり〜!あら、その人が例の運命の人?かっこいいじゃないの〜」


 柊真は運命の人と言われることに小っ恥ずかしさを感じ、もみあげの辺りを指で擦った。


「あ、あの、初めましてお姉さん。大井柊真って言います……」


「んん?そんなに若く見える?実はね、私は咲良のお母さんなのよ〜」


 柊真はその事実に衝撃を受ける。目の前にいる女性はどう見たって二十代中盤だ。しかし、咲良を産んでいる以上、四十代は超えているだろう。


「この人は悪魔と宇宙人のハーフ。なんでも出来すぎて怖い」


 林檎が補足説明する。じゃあこの人もテレパシーとか恋愛能力が使えるのか……


「ささ、上がって上がって!」

 

 三人は連れていかれるがまま茶の間に向かう。茶の間には咲良のお父さんらしきひとがおり、柊真はそのちょうど前の椅子に座らさせられる。

 柊真は菓子折を取りだし咲良の父に渡す。


「お父さん……これどうぞ」


「お父さん……?」


 柊真はヤバい、また言うべきじゃないことを言ってしまった、と思う。咲良の父は確実にその言葉にひっかかっているようだ。


「あ、すいません!」


「いや、ついに俺も男の子にお父さんって呼ばれるのかって思って感動しているんだ」


 咲良の父から帰ってきた言葉は意外なものだった。柊真はてっきり怒られるものだと思っていたが、結果は真逆。怒られるどころか、何故か感動される。


「キミ、名前は?」


「――大井柊真です」


「柊真くん、娘をよろしくな!」


……柊真はいきなり咲良の父親公認彼氏になる。運命の人とはいえ、こんなにもなんの問題もなく進むものだろうか。

 しかし、これはこれから咲良の家で起きる出来事の序章に過ぎなかった。

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