第五話 新しい名前
「突然だけど、今からかなり大事なことを話すから、しっかりお耳傾けて聞いてね」
悪魔はそう言って紫色の瞳をうっすら閉じる。柊真は妙に緊張し始める。
「いい?大井柊真くん。結論から言うと、あなたはわたしたちの運命の人よ」
「え?運命の人?まてまて、吸血鬼の子は『本当の運命の人じゃないかも』とか言ってなかった?」
「ええ、言ってたわね。でも、『本当の』ってことは暫定的に運命の人だってことじゃない?」
悪魔は首を少しかたむけながら問う。柊真は左上を見ながら、ほんの少しだけ納得する。
「じゃあ、なんであなたが運命の人なのか、理由を説明するわね。わたし、今まで男の人とお付き合いしたことがないの。こんなに美少女なのによ?告白すらされたことないわ」
悪魔は手で顔を強調したりしながら柊真に話す。柊真は自分で美少女って言うのはいかがなものかと思いながら、彼女の瞳の少し下あたりを見てから目をそらす。
「その理由は簡単。わたしがちょっとした呪いをかけてたから。それはとある体質を持たない人から恋愛感情を持たれないようにする呪いね。でも、あなたはわたしたちを好きになったわね?つまりあなたが運命の人ってわけ。おめでとう!!!」
「え!?えっと……それはつまり……どういうこと?」
柊真は状況が飲み込めない。というか理解が追いついていない。
「ま、あなたは四重人格美少女と一生を添い遂げる運命ってことね。わたしを好きになったのが悪いわ」
「え??それって決定事項?俺が長良咲良という女性を好きになったって言うのは事実だけど、流石に運命の人まで行けるとは思えないんだけど!第一、気持ちが冷めちゃったらどうすんのさ!」
「いや、あなたには一生わたしたちを嫌いになれない呪いをかけたからそこは安心よ」
柊真は開いた口が塞がらない。柊真はとりあえず気持ちを落ち着けるために咲良を嫌いになってみようと考える。咲良のイヤな所……ダメだ。思いつかない。これが呪いか。というか「呪い」という名前が恐ろしすぎる。
「ま、この話は重要だけど、これから同じくらい重要な話をするわ。ねぇ柊真くん。なんでこんなことしたと思う?」
悪魔は机に両肘をつきながら話す。柊真はそれに右上を見ながら答える。
「え?そりゃ、ふさわしい男以外に引っかからないようにとかだろ?」
「うーん、まあそうね。それはもちろんなんだけど、正確に言えば、吸血鬼のためかしら」
「一族のため、とかか?」
「――言い方が悪かったわ。吸血鬼人格のためってこと。やっぱり区別しづらいかしらね……そうね……じゃあ後でそれぞれの人格にあなたらしい名前を付けてよ」
悪魔は柊真の方を見て笑う。柊真はいまいち理解せずうなずく。
「で、吸血鬼人格のためってことなんだけど、あの子男性恐怖症の気があるのよ。十歳の頃、あの子の人格が出てる時に男子からいじめられたってのが原因だと思うんだけどね」
それを聞いて柊真は不安になる。吸血鬼人格に嫌われてしまうのではないか、というかそもそも嫌われているんじゃないか、と。
「だけど、わたし悪魔じゃない?悪魔全てがそうってわけじゃないんだけど、少なくともわたしの一族は二十五歳の誕生日の夜までに異性のパートナーを見つけなきゃ悪魔の力、魔力が体の許容量をオーバーしちゃって暴走するの」
「えっと、じゃあ俺は魔力を共有するってこと?」
「そうなるわね。飲み込みが早くて助かるわ」
話の流れを理解しきれていない柊真は、「飲み込みが早い」という言葉に複雑な気持ちを持つ。
「そういうわけで男性恐怖症の吸血鬼人格と、早く結婚しなければいけないわたしは凄まじく相性が悪いってわけ。なんで同じ体の中にいるのかしらって思うこともあるくらいよ。だから、相手くらいはあの子に合った人にしようってことで、『
「黄金の血……?もしやそれって俺の事?」
「あたり。血が金色って言うわけじゃないけど、吸血鬼にとってはとてつもない美味しさで、黄金と同じくらいの価値があるから黄金の血らしいの」
悪魔は自分の尖った歯を軽く見せながら説明する。柊真は自分にちょっとだけ特別な能力があるかもしれない事実に少しだけ自信が湧いてくる。
「だけどあの子頑固なのよね。男の人と付き合うと契約が成立して一生を添いとげることになるとはいえ、希少な黄金の血なのよ?」
「――!?いやまてまて、契約が成立する?一生添いとげることになる?あ、それが吸血鬼が言ってたアレか!」
とんでもない事実を言った悪魔に対し柊真が確認を取る。
「というかもう四人中三人が付き合ってるって認識だから、多数決的に契約は成立しちゃってるのよね。だからあの子が認めないって言ってるだけだからもう遅かったりするの」
悪魔は両手の平を上にあげながら横に広げて見せた。
「な、なあ、今更かもだけど、契約のメリットってなんかあるのか?」
「もちろんよ!悪魔の力を一部使えるようになるわ!例えば、体力増強だったり、催眠術だったり」
「催眠術!?それって悪魔の力なのか?」
柊真は催眠術という単語に魅力を感じ、目をきらりと輝かせる。
「そうよ〜。色んな人をあなたの思う通りに動かす力が使えるわ。柊真くんは悪用しないと思うけど……悪いことに使ったらオ、シ、オ、キ……ね?」
悪魔はウインクしながら首をかくっと傾ける。柊真は唾を飲む。
「ま、それはそれとして、あたしたちの名前を決めてもらいましょうか」
「え、そんな軽いノリでいいの?というか今まで親とかにどんな風に呼ばれてたのさ」
「親は一貫して『咲良』よ。誰が喋っててもね。頭の中ではふつうに吸血鬼とか宇宙人とかって呼んでたわ。わたしたちはそれで良かったのよ。でも、あなたは呼びづらいでしょ?だから名前を決めて?」
柊真は投げやりな態度に少し困る。しかし、これから先、一生を添いとげることが決まってしまったので、今からつける名前は一生の付き合いになる、と思い真剣に考え始める。
「えっと、じゃあ悪魔さんは悪っていう字の、心と亜って字をとって、心亜……とか?」
「あら、いい名前じゃない!心亜、ね。了解」
柊真は心亜の反応が良いことに安堵する。この調子で次の名前を考える。
「宇宙人かぁ……美しい宇宙人で美宙とか?」
(意外と普通だね。ボクっぽいっちゃぽいかも。おっけー、美宙ね)
突然、柊真の脳内に美宙の声が響いた。柊真は驚き、咲良の瞳の色を確認する。その色は紫で、人格は心亜のままであるということを示していた。
(操縦席にいる人格が違くても喋れるのかよ?)
柊真は脳内で美宙に質問する。
(うん、喋れるよー。ちなみに今はボクの部屋から電波を飛ばしてるよ!)
「ねぇ、どうしたの?宇宙人ちゃん……いや、美宙ちゃんから連絡?」
「そうそう。頭の中に喋りかけてくるからびっくりするよ」
「ふーん。わたしたちは常に頭の中でおしゃべりしてるから頭の中で別の人が喋ってても驚かないけど、普通の人はしないものね……」
二人の名前を決め、残るは人間人格と吸血鬼人格だけとなった。
「――人間人格の子、どうしようか」
「どうしよってなによ。あの子が本来の『長良咲良』なのよ?」
そうか。あの子が咲良か。俺が好きになった長良咲良……なんだよな?あれ、本当に俺が好きになったのは「長良咲良」なのか?そもそも、心亜は黄金の血しかわたしたちを好きになれない、とか言っていた。つまり、好きになったのは悪魔の悪戯……?
「だからさ、人間人格は咲良ちゃんでいいんじゃない?」
「あ、ああ。そうだな」
心亜の質問に対して柊真は二つ返事をした。
さて、残るは吸血鬼人格だけ。これだけはすごく難しい。吸血鬼の言い換えであるドラキュラからもヴァンパイアからもいい名前が思いつかないのだ。
そこで、柊真は吸血鬼、ヴァンパイア、ドラキュラの三単語から一文字ずつ取り出すことにした。
柊真は考える。何とかひねり出そうと思考を回す。二十通りほど考えたとき、「血」と「ア」と「キ」の組み合わせがフッ、と思い浮かぶ。チアキ……でどうだろうか。
「吸血鬼人格はチアキでどうかな?」
「いいんじゃないかしら。新しい名前について、チアキちゃんに聞く?」
「聞けるなら聞いときたいな」
「おっけー♪呼んでくるわね〜♪」
心亜が目をつぶると、少女の全身から力が抜け、まるで人形のようにぐでっとした姿になる。それから三秒ほど経過し、瞳に赤色が灯る。
「ちょ、なによ!なんでアタシが呼び出されてるのよ!」
「あ、この瞬間からキミをチアキって呼んでもいいかな?」
「はぁ?何よ急に。別にいいけど……ってなんであたしの家にアンタがいんのよ!」
チアキはプンスカ怒り、赤色の目がキッと細くなる。少しだけ見える牙も相まって、彼女はかなりの威圧感を孕んでいた。
「えっ、いや、咲良に連れてきてもらったんだよ……って同じ体なのにここまでの出来事知らないの?」
「昼にアンタと話したあとはずっと頭の中のアタシの部屋にこもってたのよ!」
チアキは口調を変えず怒り続ける。赤色の瞳が大きくなったり小さくなったり……なんだか面白い。
「なんか……猫みたいだな。怒る姿とか、マイペースな所とか」
「はぁぁぁ!?なんなのよ!アンタの方こそマイペースじゃないの!急に頭触ったり家行きたいって言ったり!!」
「なんだ、知ってるじゃん」
柊真がそう言うとチアキは瞳の色に負けないくらい耳と顔が真っ赤に染まる。
「うるさいうるさい!あーお腹減ったから血ぃ吸っちゃおっかな!」
チアキはまたも口を大きく開け首筋…というか肩に噛みつき血をチュウチュウと吸う。心なしか昼よりも優しく吸っているように感じた。
「美味しい?」
柊真が尋ねる。するとチアキは血を吸う量を少しだけ多くした。それを柊真は感じ取る。
「俺、貧血とかにならないかな?」
「っ……ならないわよ。吸血鬼に吸われたあとはいつもの三十倍のペースで血が作られるの」
「吸血鬼って凄いんだなぁ」
……柊真はふふんと笑うチアキにそのあともほんの少しだけ血を吸わせた。窓から入る五月の爽やかな風が、首筋をふわりと撫でた。
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