第六話 こわいひとたち

 柊真の家は親が昔住んでいた一軒家。というより、都心に置かれた別荘のようなものであった。所有者は今も親だが、管理は柊真に任されている。しかし、元々は家族で過ごすための家、ということもあり、一人暮らしにはもったいないほどの広さを持っている。一階と二階あわせて部屋が四つもあるが使っているのは一部屋だけだ。


 ベッドから身を起こすと、カーテンの隙間から昇りかけの太陽の光が飛び込んでくる。部屋のカーテンを開くと、青色の絵の具で塗りつぶしたように透き通った晴天が町を包み込んでいた。梅雨入りが近いにも関わらず雲ひとつない。


 時刻は六時三十八分。まずはパジャマを脱ぎ制服に着替える。その後は顔を洗ったり歯を磨いたり弁当を作ったり朝食を食べたり。一人暮らしの朝は忙しい。今日は卵焼きが上手く作れた。


 そうこうしているうちに七時二十五分。乗る列車は四十二分発。家から駅までは普通に歩いて十五分ほどかかる。今から出ないと余裕が無くなる。コーヒーを飲み干し制服の襟を正して家を出る。走らなくても間に合う時間ではあるが、信号に引っかかることを考慮して少しだけ早歩きになる。


 その勢いのまま自動改札機を通過しプラットホームに向かうエスカレーターに乗る。ホームに昇り、だれか知り合いはいないかと少し周りを見渡す。いつもなら誰かしらいるのだが、今日は誰もいなかった。


 そのまま快速列車に乗り、学校の最寄り駅である蔓林つるばやし駅に向かう。列車の扉が開き、降りる人が降りきってから乗車する。手すりをつかみ、スマホを触っていると、右下から「あ、大井じゃんかー」という声が聞こえた。


「よっ」


 そこにいたのは子吉雛こよしひな。いつも咲良と過ごしているギャルだ。普段から柊真とよく喋るわけではないが、この日はあちらから話をかけてきた。


「あれ、子吉さんっていつもこの電車だっけ?」


「違うよー。いつもはこの二本後の電車なんだけど、用事があるから早いんだ」


 子吉は無邪気に笑いながら言った。


「用事ってなに?」


「ん、大井柊真っていうバカタレと話すためかな」


「えっ!?」


 柊真は耳を疑う。今までそこまで話したことの無い子吉が、急に自分と「話す」とか言っているのだ。しかも「バカタレ」とか言っている。


「なんで俺と話すんだよ?」


「思い当たる節、ない?」


「――咲良か」


 子吉は「分かってんじゃん」と笑うが、その顔の中にはなぜだかもの寂しさを感じた。柊真はその様子に恐怖と不安を感じる。咲良と付き合うことが気に入らないのだろうか。笑っていることがさらに恐怖を煽る。


「どした?」


 子吉が顔を青くしている柊真を、悪気なく心配する。


「い、いやなんでもない」


 柊真は目を泳がせながら答える。しかし、不安は募るばかりだ。


「な、なぁ、咲良と付き合うことってそんなダメなことか……?」


 柊真はただならぬ不安を解消するために子吉に問う。


「なんよそれ?そんなわけないっしょ。人の恋愛にケチつける程性格悪くないって」


「え?じゃあ咲良の話ってなに?」


 子吉は扉付近の吊革をつかみながらニヤリと口元をゆるめる。


「それは学校に着いてからのお楽しみってことで!いつもウチが昼に行ってるとこで話そうね〜」


 柊真は「子吉が昼に行ってるとこ」を知らない。「お楽しみ」という言葉の意味を考えれば考えるほど不安が募っていった。



◇ ◇ ◇



 駅に着いた途端に子吉がいつの間にかいなくなっていたことに加え、「咲良の話」という不安な言葉から開放されるために、柊真は足早に学校へ向かう。


 校門、中庭、階段を歩き抜け、教室前に着いた時、そこにはまるでヤンキーのような風貌をした女性が柱に寄りかかっていた。髪は茶色だし、ピアスをしてるし、目は昨日のチアキの倍くらいの鋭さだ。柊真はそれを横目に教室に入ろうとする。


「あ、おい、お前が大井柊真か?」


 柊真の肩に女の大きな手がかかる。柊真は話しかけられたことに背筋が凍る。殺されるんじゃないか、とすら思える。故に、柊真は振り返ることなく頷くことしか出来なかった。


「やっぱりそうか。オラ、とりあえず荷物置いてツラ貸せや」


 怖い怖い怖い!喧嘩とは無縁な平和な人生を歩んできた柊真にとって、見た目の怖い人に話しかけられる、という現象は強いストレスに繋がってしまう。

 柊真は恐怖に支配され、その指示に従うことを決める。荷物を置き、怖い人について行くことにしたのだ。


「おし、ちょっと来い。ガチで大事な話があるからよ」


 そう言って二人は歩き始める。柊真はかなり怯えていた。


「あ、自己紹介が遅れたな。オレは風蓮勇気ふうれんゆうき。風紀委員会委員長をやらせてもらってる」


 風紀委員会、という言葉に柊真は驚く。目の前にいる自称・委員長の人物はどこからどう見ても不良だ。


「あ、あの、風紀委員長がそんな格好していいんですか?」


「あ?スカート丈も問題ねぇし着崩しもねぇだろうが?ピアスは校則一覧には記載が一切ねぇし。規定がないってことは自由ってことだろ?」


 確かに、夏服であるからか着崩し自体はない。というかあったら露出度が高くなりすぎる。それに、この学校は進学校だから校則も緩い。それ故に頭髪付近に注目が集まる。


「茶髪はセーフなんですか……?」


「オレは水泳部だから塩素で色が抜けんだよ。地毛ならセーフ」


 たまに金髪やピンク髪の女を見たりするがそれは地毛なのだろうか?


「おら、着いたぞ」


 話をしているうちに着いたその場所は「特別指導室」とかいういかにもな名前の場所だった。


「え、僕は今から特別な指導を受けるボコボコにされるんですか?」


「んぁ?ん、まあそうだな。覚悟しておけよ?百発くらい殴られるかも」


 勇気は不敵な笑みを浮かべ扉を開いた。

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