第11話

 こうして、私は隆史と別れることを約束させられたのだった。かわりに、はるかと付き合うというところまでは言い合っていなかった。

「隆史さんと別れるって事は、もうホテルとか行かないってことですよ? 食事もデートとしては行かないってことですよ?」

 はるかは念を押してきた。

「うん。」

 返事をして、はたと気づく。

「デートとしては……デートじゃない食事は行ってもいいってことなの?」

 予想していなかった質問だったらしい。はるかは口をひんまげて、眉をしかめた。

「だから……」

 さっき、会ってる姿を見たくないって言ったじゃないですか。まだわからないんですかこのやろう。そんな苛立ちのこもった「だから」だった。

「うー……」

 はるかは、目をほそめて、どう言おうか迷っているようだった。

「うー、だぁ……めじゃあ……ないんですけど――」

 くりくりした頭を左右に振りながら、納得できなさそうに唸っている。

「だめ――じゃ、ないんですけど、いやかなって」

 そして、様子をさぐるように、上目遣いで私を見た。

「児島さんと、隆史さんて、付き合う以外の付き合いって、あったんですか?」

 変な文法だが、言いたいことはわかる。

「ないですよね」

「うーん?」

「じゃあ、それって、デートですよね?」

 沈黙がおりる。

 はるかは、手をひざに置いて、あらたまって言った。言っていいものかどうかわからないものを、無理に勇気を出して伝えるみたいに。

「じゃあ、イヤです!」

 妙に、初々しかった。可愛くすらあった。いつか、あんなことをした人間と同一人物だとは信じられないほど、はるかは、すっきりとした若葉のように見えた。

 ちくりと、胸の奥で、虫の声ほどの小ささで、何かが疼いた。

 なんだ?

 陽光が目に直接あたって、しみるような、そういう痛みのようなものが――。

 私は、こんな風じゃない。はるかみたいじゃない。

 いや、むしろ、嫌いだ。こういう、すぐに人に好意を見せて、弱みをさらしてしまうような迂闊さが。

 弱み……はるかは、あの夜に泣いた。あのときは単純に受け入れてもらえなかったから泣いたのだと思っていた。でも、今は、はるかは単に泣き虫なのではないかとも思える。はるかが夜中に泣いている姿が想像できる。

 私のことで? いや、そうじゃない。はるかは、なんだか、泣き顔が似合う。けして汚い泣き顔ではなくて、自分から何でもかんでもまともに受け止めてしまうような痛みのある泣き顔が。

 DVDを借りてきておきながら、途中からまったくそれを観もせずに、まったりとお茶を飲む時間だけが流れていく。

「あーー」

 はるかは、床にごろりと寝転がった。

「まだ信じられない」

「なにが」

「児嶋さんが、私と離れるのがイヤだっていう理由だけで、隆史さんと別れるなんて」

 ああ、そういうことになるのか。そういわれてみればそうだった。 肘をついて、はるかがじっと見つめてくる。

「ほんとうにいいんですか?」

 …………。

 答えにつまって、私はうつむく。

 後悔するかもしれない。隆史は結婚したいと言ってきていたし、私ももう27だ。はるかと結婚するわけにもいかないし、そもそも、付き合いたいというわけでもない。

 でも、はるかにいなくなられるのがイヤだった。

 隆史がいなくなることよりもイヤだった。

 はるかは、隆史よりも腕が細い。力が強いといっても、それは女性のもので、男性に抱きしめられているような安心できるがっしりした感じはなかった。

 むしろ、頼りなげな感じがすることもあった。守ってあげたいような。

 男性のような安心感はないけれど、しぐさにはしっかりとした意志が通っていて、存在感があった。

「でも、はるか。最後に1回だけ会うよ」

「え」

「別れるって、言ってくる」

「ああ、それは、仕方ないですよね」

 さらりと言って、はるかは私を許した。

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