009奴隷の家が無くなった日

隣の家はシロの親が住んでいたと俺は思っている。

俺が隣の家に忍び込んでから数日後、大家によって家財が処分された。

つまり、部屋の中は空っぽになった。


家賃未払いが1か月程度で引き払われるなんて、あまりないのではないかと思うが、もしかしたら元々滞納していたのかもしれないと後で思った。

当然、連絡したのだろうが連絡がつかなかったのだろう。


家には財布も通帳もなかった。

ほんとに夜逃げかもしれない。


隣の家の事情などどうでもよかった。

気になるのはシロのこと。

『彼女の家』はなくなってしまった。


タンスや冷蔵庫と同じように置いて行かれた。

警察に届けるべきか。

児童相談所的なところに届けるべきか。

それとも・・・


俺の気持ちも彼女に対する同情なのか。

恋なのか、愛なのか、情なのか・・・


ただ、一つだけ確実に分かることがある。

いま、彼女がこの部屋からいなくなってしまうと、俺は寂しく感じるということ。

喪失感を味わうことだけは確実だろう。

それが一時的なものなのか、何年も経ってずっと思い続けるもの中は分からない。


こんなことを考えるのは、先日の誕生日のプレゼントのことだ。

シロが願ったものは・・・


***


「もし、誕生日にお願いが叶うなら、私はここで・・・ずっとかみさまと一緒にいたいです。」


「・・・」


「家にいた頃のことはもうあんまり覚えていないです。ぼんやりしてて・・・誕生日はいいものだってことも初めて知りました」


シロはフォークを持ったまま手はテーブルの上に落ちていた。

口には相変わらずクリームがついたまま。


「ご飯が食べられて、お風呂に入って、自分の服があって・・・きっと死ぬ前にかみさまが夢を見せてくれているんだろうって・・・ずっと思ってました」


「・・・」


「もしかしたら、もう死んでいるのかも、とも思いました。でも、かみさまは毎日ご飯も準備してくれて、お風呂で洗ってくれて、服も洗濯してくれて・・・」


下を向いていたシロが俺の方を向いて続けた。


「これからはご飯の準備もします。教えてください。お風呂ではかみさまを洗います。洗濯もします。だから、ここに置いてください・・・ずっと一緒に・・・いさせてください・・・かみさまが・・・好きなんです」


後半は段々と声が小さくなっていった。

また下を向いてしまった。


「誕生日のお願いには大きすぎますか?」


「・・・」


プレゼントには服などを考えていた。

以前下着は買ったが、結局服は気に入るものがなく、俺のTシャツを着ているだけ。

ジャージでもスエットでもいいので着やすい服をプレゼントしようと思っていたのだ。


実際シロの口から出た希望は全く違うものだった。

俺だってずっとこのままとは思っていなかった。

ただ、どこか考えるのをやめていたかもしれない。


外に出られない俺。

ずっと家の中で過ごしている。

人となんか関わりたくないと思っていたけれど、関わってしまったシロを手放したくないとも思っている。


シロは未成年だし、ちゃんと何らかの届け出をしないといけないと思っているのに、このまま何とかなるのではないかとも思っている。


色々な矛盾。

この時、俺は何も答えることができなかった。


***


そして数日。

シロの家が無くなった。

もう、後戻りもできない。


俺は決めなければならない。

そして、もう心の中では答えが決まっていた。


『シロの家が無くなった日』、それは『シロの新しい家が決まった日』でもあるのだ。

もうこれまでの辛いことは忘れてしまえばいい。

これからは小さい世界だけれど楽しく暮らしていけばいいんだ。


今はまだ俺も大学生だけど、絵をかいたり、ソフトを組んだりするバイトで金(かね)には困ってない。

これを増やせば大学を卒業しても2人食べていくくらいは何とかなるだろう。


これからはシロもご飯を作ってくれるというし。

料理の腕はどれほどかは分からないが、少しずつ教えていけばいいだけだ。

どこまでこの生活ができるのかは分からないけれど、どうしようもなくなるまで突っ走るというのもアリかもしれない。


シロの気持ちは聞いた。

あとは、俺の答えだけだ。

さて、『かみさま』がシロの願いを叶えるか。


「シロ、ちょっといいか」


「はい、かみさま」

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