第498話 覚悟

 ザドリックさんの死。恐怖を超えた脅威が、俺たちを飲み込む。強靭なダークマターの肉体が目の前で無惨に崩壊するさまは、まるで儚いアートを見ているようだった。


 俺たちは押し寄せる様々な感情を振り払い、褐色の髪の少女の行方を目で、肌で、ヴァイスで追った。

 

 ピピピピピピピピ……


『あんのクソガキ! どこに消えやがったんだ……!?』


 ピピピピピピピ……


『いたずらっ子には、ドSなお姉さんがきちんとお仕置きしてあげる♡』


 ピピピピピピピピピ……


『俺たちハーデス・ブレイドにケンカを売るとは、いい度胸だ!』


 ドレイクルス、ルナクレア、デストロ。この3人は任務の際、組まされることが多い。瞬時に最強のバトルフォーメーションを展開していた。


 普段はどうしようもない奴らだが、こいつらが仲間ってのは本当に心強い。俺とベリリアとゼクロも戦闘態勢を整えた。もちろんダークマターは全員MAX状態。ザドリックさんの作ってくれた時間のおかげだ。


 すると、目を血走らせたドレイクルスが信じられないことを言った。


『おい! マギラバ! なにやってんだ! さっさと逃げろ! この星から消えるんだ!』


『お前、な、なにを言って……』


『マギラバ♡ ベリリアさんを幸せにしてあげてねぇ♡』


『ルナクレア……?』


『マギラバ、ここで俺たちが全滅するわけにはいかねぇだろ? 帰還して伝えろ。ツァイドには手を出すな。仲間は全員死んだってな』


『デ、デストロ! 俺たちハーデス・ブレイドが全員で戦えば……!』


『どうした? まじめ君になって、こんな簡単な状況判断もできなくなったのか?』


『……!?』


『この戦い……逃げ切れたらそれで勝ちだ……! さっさといけ!!』


 分かっていた。


 俺たちの勝てる可能性は限りなくゼロに近い。ザドリックさんの醜く朽ちた姿、最新のヴァイスが冷静に俺たちに突きつける最大級の危険信号。にもかかわらず、俺の超感覚スーパーセンスが捉えきれない謎のエナジー。運命の風が残酷な結末に向かってページをめくっていくようなヤヴァい感覚だけがあった。


 とはいえ、逃げるなんて……ましてや、仲間を置いて……そんなこと、できるわけが!

 

 その時、普段ろくに喋らないゼクロが、まともな声量で俺に言った。


『この状況。言うしかないな。プライベートな部分に干渉はしたくはなかったんだが……』


『な、なんだ?』


『ベリリアは新しい命をみごもっている。お前が死んだら誰がふたりを守るんだ?』


『マ、マジかっ!?』


 俺は血相を変えてベリリアを見た。ベリリア本人も驚いていた。ゼクロは植物なんかの微弱な生命力にも敏感な男。だから感じ取れたのか。


『対象が姿を見せたら、俺たち4人で動きを封じる。その隙にお前はベリリアと全速力で逃げるんだ』


『そ、そ、そんなこと……』


『ふたりは生きてくれ。いや、3人か。俺たちの怒りと希望……全部お前に託す。だから、振り返るな』


 俺たち戦士は常に死を覚悟している。覚悟が強さだと分かっているからだ。いま、俺の心臓はその鼓動を早めている。息も苦しい。手が震える。覚悟ができていないからだ。逃げてまで生き延びるという覚悟がだ。


『ゼクロ、ドレイクルス、ルナクレア、デストロ……!』


 俺は愛する女と新しく誕生する生命。それを守るために仲間を犠牲にする。その覚悟を決めなくてはならない。仲間の覚悟を無にしない為にも。


 俺はベリリアの手を強く握った。


『マギラバ、私……!』


『ベリリア……!』


 ピピピピピッ!!


 ヴァイスがなにかを捉えた!


 デストロが叫ぶ!


『出て来るぞお───ッ!!』


 ギュアアッッ────!!!!


 ドウンッ!!


 4人が一斉に暗黒界七覇器ダーク・ドミニオン・セブンを手にした。それと同時に崩壊したザドリックさんの遺体が浮き、空間に吸い込まれた。そして、そこから少女は現れた。


 ズズズズズズゥゥッ……


『ガヒャヒャヒャヒャアッ!』


 かわいい見た目に反し、とてつもなく不気味に少女は笑う。4人は覇器を構え、攻撃の隙を見定める。


『ベリリア。俺は君とお腹の子を幸せにする為に、生きるぞ……!』


『ありがとう。私も、生きる……!』


 震えることなく覇器を構える仲間の覚悟を見て、俺は人生で初めて逃げるという覚悟を決めたんだ。

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