第494話 ダサいマインド

 俺はニヤつきながらも内心悔しかった。このくそ真面目ちゃんのベリリアが、俺の考えも及ばないことを口にしやがったからだ。うまいはずのソーセージの味もなんだかぼやけちまった。


『おい、ベリリア。ハイメイザー様がなにを隠してるってんだ? 滅多なことは言うもんじゃあないぜ』


『じゃあ、ひとつ聞いてもいいかしら? マギラバはカテゴリー1に会ったことってある?』


『お前バカか? カテゴリー1は精神生命体だ。俺たちのような肉体持ちが接触できるわけないだろ?』


 ベリリアがビールをごくりと飲み干し、焼き鳥を1本手に取った。


『そこなのよ。カテゴリー1のクズのなれの果てが腐神って言われてるじゃない?』


『そうだ。凶悪な思想を持っちまったカテゴリー1は精神生命体ではいられなくなるってやつだ。臭い泥になって宇宙を彷徨い、最終的にミューバに辿り着く。そんなことは俺でも知ってらぁ』


『そして、ミューバの肉体と融合して腐神になるって話なんだけど、そもそもカテゴリー1の存在自体、怪しいものよ』


『じゃあ、腐神ってなんなんだよ? 腐ったドロドロの物体の正体は?』


 ベリリアは手に持った焼き鳥をこちらに向け、鋭い目で俺を見据えて言った。


『分からない? カテゴリー1がないとしたら……必然的に腐神となるのは、私たちカテゴリー2ってことよ!』


『おいおい。宇宙の理をぶっ壊すような思想は持つもんじゃねぇ。じゃあ俺たちカテゴリー2は、腐神になる為にミューバ人に力を与えて腐神を倒させてるってことになるぞ? そんなバカみたいなことがあってたまるか!』


 俺が少し強めの口調でそう言うと、ベリリアはこめかみに拳を当て、俯いた。


『そう思うわよね。ごめんなさい。私の頭がどうかしてたわ……最近、変な夢ばかり見るの。疲れてるのかしら』


『変な夢? ミューバの飯にはそんな副作用もあるのかもな! ふはは!』


『もう、バカにしないでよ』


 このときの俺はベリリアの話をまともに受け止めてはいなかった。俺たちの悲願、精神生命体。それが本当はないかもしれないなんて、考えたくもなかったんだ。カテゴリー1はある。そう思いたかった。




 












 この日をきっかけに、俺はベリリアとよく食事をするようになった。もちろん行く店はミューバの飯家限定。それでも嬉しかったし、楽しかった。


 ベリリアは俺より年は下だが、そうは思えないほどしっかり者だ。俺に意見や注意をしてくるのもベリリアぐらいのもんで、目から鱗なんてこともよくあった。


『マギラバ、ちょっと言ってもいいかしら?』


『な、なんだよ、ベリリア。今日はお手柔らかに頼むぜ』


『前から思っていたの。あなた、せっかく強くてかっこいいのに、その言葉遣いのせいで台無しよ』


『こ、言葉遣いだあ?』


『品がないのよ』


『ちょ、ちょっと待ってくれよ。俺は男だぜ? 品がどうとか関係ねえよ。強くてかっこよけりゃあ、それでいいだろうがよ』


『はあ……ダサいのよ』


『グサリときたぜ。ダサい?』


『丁寧な言葉遣いを心がけるべきよ。そうすれば、あなたはもっと輝く』


『丁寧な言葉遣いか。なんかナメられそうで嫌だな』


『そのマインドをなんとかしなさいよ。本当にダサいわ』


『う……わ、分かりま、した。気をつけて、みます。こんな感じか?』


『いいんじゃなーい? あははは』


 ベリリアのこんな笑顔を初めてみた。言葉遣いか。まったく気にしたことなかった。ベリリアにダサいと言われたら直すしかない。俺はこの日を境いに、できるだけ丁寧な言葉遣いをするように心がけた。


 それと同時に、数えきれない人数のセフレや、俺の彼女だと勘違いしている女たちとの関係を清算する日々に突入した。俺はもう、ベリリア以外の女はいらない。俺はベリリアと結婚すると決めた。


 あっさり話を受け入れてくれる女もいれば、そうじゃない女もいた。死んでやるって言って大泣きする女。金銭を要求してくる女。刃物を持ち出してくる女。非通知の着信や脅迫メールも山ほど来た。


『すべて自業自得ね』


 ベリリアの言う通りだと思った。俺はひとりずつ誠意をもってお別れしていった。平穏な日々が訪れるのに1年以上かかった。俺はそのタイミングでベリリアに交際を申し込んだ。


『ベリリア、俺と付き合って欲しい』


『え?』


『君しか見えない。君が俺を変えてくれたんだ。本当に感謝してる。だから、これからも俺のことを……』


『嫌よ』


『ベ、ベリリア、こんな俺をさらに変えられるのは君しか……!』


『なに? まだ私にとやかく言われる男でいるつもり?』


『えっ?』


『本当に変わりたいなら、私の力じゃなくて自分の力で変わり続けなさい。そうすれば、あなたの未来はきっと素晴らしいものになるんじゃないかしら?』


『あ、あ、あ……それって?』


『本当にダサいんだから』


 ベリリアは優しく微笑んで言った。俺はこの子を守れる男になる。そう心に誓った。

 

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