第493話 ベリリア

 ネル・フィードは夢を見ていた。


 それはマギラバの過去の記憶。


 ずっとずっと昔の記憶。



















 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………!












 





























『ちょっと言ってもいいかしら? マギラバ、あなたってかなりの最低人間ね』


『あん? なにがだよ?』


『何人の女の子を泣かせるつもり?』


『ちっ、そんなことか。別にいいだろ。俺は誰のものでもねぇんだから』


『そんなこと言ってると、いつかあなたが泣くときが来るわよ』


『そう言うなって。俺の女癖が悪いのは、ベリリアのせいなんだからよ』


『なんで私のせいなのよ!』


『ベリリアが付き合ってくれないから、俺、寂しくって。つい……』


『適当なこと言わないのー!』


『あははは! 適当じゃねぇって!』


 この口うるさいベリリアという女は、真面目なお嬢様のような見た目をしてはいるが、俺と同じく、ダークマター最強機関『マーテルクレスト』に所属する立派な戦士のひとりだ。


 俺はベリリアのことが好きだった。ベリリアも俺のことを好きなんじゃないかと思っていたが、この女だけはよく分からなかった。他の女とは違って気高い感じがしていた。


 俺は女に不自由したことはない。外見がクールなのに加え、マーテルクレストの中でも俺は群を抜いて強いからだ。惑星間の紛争の介入、未開の惑星の探索に伴う、特殊生命体の捕獲及びエネルギー資源の確保。それらの最前線で俺は実力を遺憾なく発揮し、唸るほどの大金も手にしていた。


 生活には困らない。人生余裕。その余裕が女を引き寄せる。いい女を引き寄せる。いい服、いいバッグ、いい食事。気に入った女にはいくらでも買い与えた。俺はそういった価値を提供できる上位数%の男。


 ゆえに、ひとりの女に執着はしない。体に飽きれば次の女に乗り換える。そんなのはあたりまえ。女なんてそのぐらいの価値しかねぇんだ。遊び道具にすぎねぇ。












『ベリリア、うまい店見つけたんだ。連れてってやる。行こうぜ!』


『しょうがないわね。たまには付き合ってあげるわ』


『マジかよ!? めずらしいな』


『この前、惑星イクトニアの探索に行ったとき、超大型猛毒蜂ヴェノムビーから助けてくれたでしょ? そのお礼よ』


『よっしゃあ!』


 ベリリアが俺の食事の誘いを受けてくれるなんて滅多にないからな。この勢いにのって、付き合えないものかと俺は考えていた。


 カチャ


 ベリリアがナイフとフォークを皿に置いて、信じられないことを言った。


『だめね。全然おいしくない』


『な、なんだと!?』


 この店の食材はすべてが最上級品だ。まずいなんてことはありえない。この女、舌ぶっ壊れてんのか?


『もっとおいしいものを私は知ってるわ。こんなのより数倍はおいしい』


『そ、そんなものどこに……!』


 翌日、ベリリアは一軒の店に俺を連れてきた。町外れの汚い店だ。なんと、ミューバの料理が堪能できる店らしい。ゴミ料理じゃないか。俺はゾッとした。


『私はこれが好きなのよ』


『な、なんだよ、このチンコみてーな食いもんは!』


『下品なこと言わないでちょうだい。これはソーセージっていうの。このビールっていう飲料を飲みながら食べるのが至福なのよ』


『マジかよ。ミューバの飯なんてよく食えるな。シンプルに引くぜ!』


『まあまあ、そう言いなさんなって。はい、あーん』


『えっ!? マジ? あーん♡』


 俺はベリリアのあーんが嬉しくて、そのソーセージってやつを口に頬張った。噛むと同時に肉汁が弾け出し、スパイシーな旨みに全身が打ち震えた。


『どう? おいしくない?』


『こ、これヤヴァいな♡』


 俺は驚いた。味付けした挽肉を腸に詰め込んだだけの原始的な食い物がこんなにうまいなんて。とはいえ、ミューバの食い物だ。口にしたいと思う奴は基本的に少ない。この店も一部のマニアしか来ないらしい。ひっそりと営業している。


 ベリリアには固定観念がない。ミューバを見下すなんてこともない。挑戦的で前向きで、上昇志向が強い。意志力が強い。かわいいくせに高飛車でもない。俺を惹きつける要素のかたまり。今日でさらにそう思った。


 ベリリアがビールを飲みながら俺に静かに話し始めた。


『マギラバはミューバで行われているカテゴリーポイントシステムについてどう思う?』


『腐神をミューバ人に倒させるあれだろ? 宇宙のことわりだ。しかたねぇよ。ハイメイザー様が決めたことだしな』


『私はそうは思わない』


『なに言ってんだよベリリア。俺たちはカテゴリー1になるんだ。肉体のない精神生命体だぜ。そうなれば労働も苦痛もない、幸せのみを享受きょうじゅできる』


『本当にそう思う?』


『だってそうだろ。俺たちカテゴリー2はなにかとコキ使われているじゃないか。未知の惑星の探索なんて危険極まりないことまでやらされる。この前も機関に入りたてのエリートが死んだのは知ってるだろ?』


 ベリリアは今までに見たことのない表情で俺にこう言った。











『ハイメイザーは絶対、私たちになにかを隠してると思うのよ……』


『あん? なんじゃそら』


 俺はニヤけながら3本目のソーセージにかぶりついた。

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