第492話 カクヨム
コットンラビッツルーム19の真実。それを、エルフリーナ本人の口から聞くことができたアイリッサは、ざわついていた心を整理することができた。
とはいえ、アイリッサが話したのはエルフリーナであってエルフリーナではない。恋にも人生にも独特の感性を持つ最狂女ミロッカだ。
その最狂女の突き抜けた発想や独自の価値観は、少々アイリッサを戸惑わせはしたものの、彼女の中のネル・フィードへの想いを再び燃え上がらせ、前を向かせた。
今後の闘い、マギラバが実力を遺憾なく発揮するにはアイリッサの精神の安定は必要不可欠。ミロッカはそう判断したに過ぎない。他には特になにもありはしない。
ちゃぽ……
『お姉たま、私、先にあがるね』
(さて、明日からは謎の組織の上層部との戦いか。じっくりとその謎を暴いていってやる!)
ザバーッ
「うん。ありがとね、リーナ」
『いえいえ』
エルフリーナはエミリーとの戦いで消失したネル・フィードの服を買いに行った際、お泊まりを想定して自分の下着と部屋着も買っていた。エロリーナはそれを着て、リビングへ戻った。
そこには、ペッケお気に入りのバスの座席に座り、スマホに目を落とすネル・フィードの姿があった。
『ゼロさん、そんな熱心になにを見てるの?』
「ああ、セレンの言っていたカクヨムという小説サイトだよ」
『カクヨム……?』
ミロッカは慌ててエルフリーナの記憶の中を探った。
『あ、あー、言ってたね!』
(あったあった。ど素人の書いたへぼ小説がタダで読めるサイトか……)
「それが、なかなか面白くてね。セレンの言っていたことの意味も、なんとなく分かってきたんだ」
『そうなの? カクヨムはディストピアだー、みたいに言ってたけど』
「このカクヨム、私が見る限り、読まれる、読まれないに、一定の法則のようなものがあるみたいなんだ」
『法則?』
「もちろん読まれやすい文章であるのが前提だが、ジャンルの設定や読者のニーズに答えることが必要なようだ」
『なるほど。セレンも言ってた異世界なんちゃらってやつ?』
「そう。でも、その異世界ものにも様々なジャンルがあるみたいだ。これはなかなか大変そうだよ」
『へえ、そうなんだー』
「しかも、異世界ものを書けば必ず人気が出ると決まっているわけでもない。あまり読まれないと分かったら、途中でも書くのをやめて、次の作品を書き始めている作者もチラホラ見受けられる」
『なにそれ、読んでくれてた人に失礼じゃない? ひっどい!』
「そこがしょせん素人の小説サイトってことさ。人気が出れば書籍化されるらしいからね。それを狙ってるのさ」
『書籍化? 一攫千金的な?』
「そういうことなんだろう。でも、そういう中途半端なことを繰り返している作家の作品には、そもそも売れそうなオーラはない。なにかを見失っている気がするね」
『なんか、もっと小説を書くこと自体を楽しんで欲しい気はするね』
「完結させることなく放置されている作品も山のようにある。書くのに飽きたか、話が浮かばなくなったか。読まれないことに絶望したか」
『うわ、絶望でた!』
「そんなカクヨムの作品たちを見ていると、確かにセレンの言っていた負の感情が渦巻いているようにも見えてしまうんだ」
『負の感情か。カクヨム、メンタル病んでる人、結構いそう……』
「明日の朝のニュース。このカクヨムに関係があるのかも知れない」
『ゼロさんに読むようにわざわざ薦めてたもんね』
「まさか異世界転移される、なんてことはないと思うが……」
『な、なにが起きるんだろうね……』
(わくわく。めっちゃ楽しみやん♡)
しばらくして、アイリッサもお風呂から上がってきた。
「おまたせ。ネルさんもおじいちゃんと入っちゃえばー。なんちゃって♡」
ネル・フィードは湯上がりのアイリッサに色気を感じ、ドキドキしてしまっていた。普段は見ないTシャツに短パンというあまりにラフな格好。濡れた髪や体から漂うとてつもなくキュートな香り。
脳みそがとろけるような感覚に陥ったネル・フィードは混乱して、正常な判断ができなくなっていた。
「じゃ、じゃあ、ペッケさん、一緒にお風呂入りましょうか……♡」
「ネル君。ワシは嫌じゃぞ。ちんこブラつかせながら男ふたりで風呂なんて、絶対に嫌じゃぞ!」
「はっ! そ、そうですよね。じゃあ、自分が先に入ってきますぅー!」
赤面のネル・フィードは逃げるように風呂場に行ってしまった。
「な、なんじゃ、ネル君。男が好きだったのか? もう少し優しく断ったほうがよかったかのう」
「おじいちゃん、たぶん違うから大丈夫。私のお色気にやられただけよ。ぷっひーん♡」
アイリッサのお色気ポーズを無視して、ペッケは鼻息荒く、いやらしい顔でエロリーナににじり寄った。
「リーナちゃーん♡ おじいたまが腰でも揉んでやろうかのう!」
『おー、気が利くジジ……じゃなくて、おじいたま♡ おねがーい♡ 肩も足も全部ね!』
「うっひょー♡ 任せとけい!」
「はいはい。どうせ私には色気なんてないですよ。ぷひー」
と、言いつつも、ネル・フィードの反応が自分に対するものだと感じられたルンルン気分のアイリッサは、心の中で『しかのこのこのここしたんたん』の曲に合わせてダンスをしていた。
ちゃぽん……
ネル・フィードは湯船に浸かりながら思っていた。
「な、長い1日だった。エルフリーナに始まり、エミリー、そして、メルデス。セレンまで現れるとは。今夜はよく眠れそうだあ……ふい〜っ」
今夜はよく眠れる。
ネル・フィードの言う通り、本来ならミロッカが意識から抜け出てくれたおかげで、彼はストーカー女の悪夢を見ることなく安眠できるはずだった。
しかし、今夜……彼は、
別の悪夢にうなされることになる。
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