第487話 City of the Dead

 ミロッカとエルフリーナの間でなにが執り行われたのかは謎のまま、ひとまず物語は進んでいく。


 愛する家族を崩壊に導いたネオブラの教祖セレンを前にして、自分の想像を超えて我を忘れてしまったことをアイリッサは反省していた。


「ネルさん、さっきはバカとか言ってごめんなさい。私ったら……」


「アイリッサさんの気持ちは痛いほど分かってますから、なにも気にしなくていいですよ」


「ネルさんにも考えがあったのは分かっていたんです。それでも、抑えられなくて……」


 ネル・フィードはアイリッサの正面に立ち、彼女の元に戻った右手をそっと両手で握った。


「天使の力。それに今までどれほど救われてきたか。私ひとりの力では闇の能力者たちには敵わなかった。情けない話、アイリッサさんのサポートなしで戦うことに少なからず不安があったんだと思います」


「え?」


「セレンを逃してしまったこと、本当によかったのか分かりません。謝るのは私の方です。申し訳ありません」


 これまでの戦いの中で、死を意識した場面が何度か訪れた。そのたびにアイリッサの天使の力がネル・フィードの窮地を救ってきた。


 百戦錬磨の彼が驚愕する戦いが、この第3ミューバには待ち受けていた。ミロッカに弱体化されている自覚がない分、その衝撃は数倍にもなり、彼の心を抉り続けていたのだった。


『私はゼロさんの選択は間違ってなかったと思うなあ。邪魔者がさっさと消えてくれたおかげで、お姉たまの石化の解除もできたわけだし。ね?』


 暗くなった雰囲気を、エルフリーナが明るい笑顔で盛り上げた。


「私もネルさんの判断は正しかったと思っています。なので謝らないで下さい」


「ありがとうございます。セレンは絶対に私が倒しますから!」


 ピロロロロロ! ピロロロロ!


 エルフリーナのポシェットの中でスマホの着信音が鳴った!


『ゼロさんのスマホが鳴ってる!』


 ネル・フィードは預けてあったスマホをエルフリーナから受け取り、応答した。


「はい、なにかありましたか?」


『兄貴、お疲れ様です! エルフリーナは無事に倒せましたか?』


 電話はハイドライドからだった。エルフリーナと接触する為に、一緒にやりもく必須のクズアプリ『満場エッチ』のプロフ作成に汗を流した昨晩が遥か昔に感じた。


「実はいま、そのエルフリーナと行動を共にしています。いろいろとありまして」


『え!? そうなんすか? さすが兄貴っす! あのエルフリーナと……まじリスペクトっす!』


「それよりも……どうしました?」


 ネル・フィードは胸騒ぎをおぼえた。電話越しのハイドライドの声の背後から、確実に男女の区別のつかない混沌とした叫び声が微かに響いていたからだ。


『自分はいま車内から電話してるっすけど大変なことになってるんすよ!』


「ま、まさか!?」


『街中ゾンビで溢れかえっているんすよ! まさにゾン100の世界っす! 兄貴ならこの原因も知ってるんじゃないかと思って!』


 あの状態のメルデスには、なにもできはしなかっただろう。代わりにセレンが永遠のレディードールに命令を下し、街の人々を襲わせたに違いない。


「悪魔の力でゾンビにされた女性が6人いました。彼女たちがついに動き出したということです」


『ま、まじっすか? 俺はゾンビになるまでに1000人……じゃなくて1000個はやりたいことあるっすよお! っていうかゾンビになんてなりたくないっすう!』


「落ち着いて。ハイドライドさんは無事に避難できそうなんですか?」


『ひ、ひとまずアウトドア派と合流して、バドミールハイムを出ることになったっす!』


「分かりました。気をつけて!」


『兄貴は今からどうするんですか?』


「アイリッサさんのおじいさんを助けに向かいます!」


『兄貴ならゾンビなんて相手じゃないでしょうけど、くれぐれも気をつけて下さい! また連絡するっす!』


 メルデスの愛玩ゾンビ、永遠のレディードールたちが、ついに、その牙を一般市民に向け始めた。

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