第483話 ネオブラの真実
アイリッサの怒りがこもったその声は、まるで『獲物を逃がすな』と言っているようにも聞こえた。ネル・フィードの知る彼女のものとは異なった鋭利な響きだった。
『アイリッサさん!?』
目を瞑り、ゆっくりとネル・フィードに歩み寄ったアイリッサは、彼の肩にそっと左手を置いた。
「ネルさん。あれ、セレンなんだよ?」
『そ、そうですが……』
今のアイリッサにネル・フィードの先を見据えた戦略を受け取る心の余裕はない。この場を去ろうとする憎むべき存在に突き刺すように話しかけた。
「15年前、私の両親はテンメツマルっていう意思を持った刃物に血を吸われて、砂になって死んだのよ」
「それは大変でしたね」
「しらばっくれないで。そのテンメツマルを所有していたのが当時騒がれていたカルト、ネオ・ブラック・ユニバース。通称ネオブラよ」
「はい。それで?」
「ネオブラの若き教祖。そいつはセレンと呼ばれていた。セレン・ガブリエル。あんたがネオブラの教祖なんでしょ? 答えなさいよ!」
それを聞いたセレンは、悪びれた様子もなくハッキリと答えた。
「確かに教団を設立したのは僕です。
「へえ。結構素直に答えてくれるのね。じゃあさ、ネオブラってそもそもなんだったの?」
「え?」
「ネオブラの目的よ。トンちゃんは言っていた。宗教理念はアウフヘーベンによるペシミズムからの脱却。そして、ネオブラの悲願、それは人類をハイメイザー化することだって!」
ハイメイザーと聞いて、セレンの顔色が明らかに変わった。
「驚きましたね。そこまでネオブラのホームページに記載はしていなかったのですが。ひょっとしてトンちゃんて、凄腕のハッカーですか?」
アイリッサはさらにセレンをビビらせようと咄嗟に嘘をつく。
「そ、そうよ! トンちゃんはネオブラの闇を暴こうと活動していた。そして、近頃動き出したあなたたち悪魔との繋がりにもすぐに気づいたのよ!」
「なるほど。いやぁ、トンちゃんさんお見事です。素晴らしいスキルをお持ちのお方だ。じゃあ、ネオブラについて話したら帰ってもいいですか?」
「あんた、さっきからなにをそんなに早く帰りたがっているの?」
「いいじゃないですか。そこまで知られているのなら、教祖として話せることはすべて話します。どうですか?」
セレンは若干落ち着かない様子で、足をそわそわ動かしている。顔を少しひきつらせながら。
「分かったわ。聞かせて」
セレンは笑顔で話し始めた。
「簡単に言ってしまえば、お金が欲しかったんです。当時の僕はとてもお金が必要だったんですよ」
「それだけじゃないでしょ?」
「それと血液です。それを天滅丸を使って採取していました」
「な、なんで血液なんか……」
「本当は秘密なんですけどね、ここまで闇の能力者たちをこてんぱんにされたら、認めざるを得ないですからね。あなたたちの実力を。なのでお教えします」
「血液で一体……なにを?」
「実験ですよ」
「実験!?」
「それに関して、僕はほぼノータッチなので詳しくは知りません」
「お金と血液……それで終わり?」
「あとは、魂です」
「そ、それって、人を殺して……」
「そういうことです。知ってますか? 人は死ぬと体重が25グラム減るんです」
「25グラム?」
「それが魂の重さと言われています」
「魂を採取することなんて、そんなの無理に決まって……!」
そこまで言ってアイリッサは固まった。
「あ、気づきましたか?」
「ダ、ダークソウル……」
「おお! 正解です!」
「この15年間、人の血液や魂を使って、ダークソウルを作り出す実験をしていたって言うの?」
「もちろん、それだけでダークソウルを作ることはできません。様々な試行錯誤を積み重ねた上に、膨大な量の研究が必要でした。僕にはとても真似できない。彼女には頭が下がります」
「彼女? その実験をしていたのは女の人なの?」
「ええ。マッドサイエンティスト。自分でもそう言ってますよ」
「それが獅子ヶ辻空白って人……?」
「もう十分お話しましたよね? 僕、そろそろ本当に帰ります」
「ちょっと待って! ハイメイザーってなんなの? それだけ最後に答えて!」
「ハイメイザーは……我々人類の最大の敵にして、最高の
「そう、ありがとう。よーく分かったよ! セレン様!!」
ブワッ! ブワサッ!!
アイリッサが天使の翼を猛烈な勢いで羽ばたかせ舞い上がった!
『アイリッサさん、なにをっ!? やめるんだ!』
『お、お姉たまっー!?』
「そう来ると思いました。お好きにどうぞ。ただ、早くして下さいね」
セレンを睨むアイリッサの目は完全に冷静さを失った者の目だった。
「私のお父さんとお母さんを、よくもくだらない実験材料に使ってくれたわね……!」
「くだらなくはないですよ。人類発展の為の
「うるさい!
シュバオウッッ!!
天使の羽ばたきと共に、光の刃がセレンを襲う!!
「うわ、エグ!」
我を忘れたアイリッサの渾身の一撃にも、うすら笑いのセレン。避ける気配もなければ、防御の構えもない。
ズンッ!!
セレンは光の刃に上半身と下半身に切断されてしまった!
「はあっ! はあっ! ううぅ……」
フラリッ
アイリッサは気を失い、天使の翼は消え去った。それと同時に落下。エルフリーナは優しく手を伸ばし、その身を受け止めた。
『お姉たま! お姉たまっ!』
一方、体を半分に切り裂かれてもダメージどころか出血もない。苦痛に歪む表情もない。まるでなにもなかったかのように宙に浮くセレン。
その彼の体は、吸い付くように元に戻った。
ピチョン!
「ふう……」
『な、なんだと……?』
ネル・フィードもダークマターによる肉体再生能力はある。だが、目の前のセレンから感じるのはそういった類の力ではない。
例えるならば無色透明の力。困惑するネル・フィードに、セレンはスマホのカクヨムの画面を見せながら真顔で言った。
「一冊のベストセラーには社会を突き動かす力強さがある。一方、このど素人たちの書いたヘボ小説の集まるくそサイトにはそんな力はない。なのに僕は読むのをやめられない。それがなぜか分かりますか?」
『……しらんな』
「焦燥感、劣等感、疎外感、失望感、嫉妬、自己否定、猜疑心、挫折、放棄、崩壊。ここにはそんな負の感情がうごめいている。僕はそれを見るのが楽しくて仕方がないんです」
『悪趣味にもほどがあるな……』
「このカクヨムには僕の求めるディストピアが凝縮されている気さえするんですよ。あなたも是非読んでみて下さい」
『機会があればな……』
「それでは失礼します」
南側の大窓にセレンが近づくと、一瞬で天使が施されたステンドグラスが砕け散り、礼拝堂の床に音を立てて散らばった。彼はメルデスを抱えたまま、割れた窓から深い闇の中へと消え去った。
ギュアアッッ!
ネル・フィードは放出していたダークマターを収め、マギラバ化を解除。
「リーナ! アイリッサさんは!?」
『石化の範囲が徐々に広がってる! このままほっといたらお姉たまの全身が石化しちゃう!』
アイリッサ本人も、石化が進行していることは気づいていたに違いない。ネル・フィードは、そんな危機的状況の中でも家族の為に悪に立ち向かった彼女の強さに、深い敬意と愛情を感じずにはいられなかった。
「なんとかしてみせる……!」
その想いを胸に秘め、アイリッサの石化を食い止めるべく、ネル・フィードは拳に全神経を集中するのだった。
背徳の神父メルデス編 完
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