第482話 優しさは素直に受け取れ
メルデスにとってマドレーヌはかけがえのない存在であり、もはや自分の原型をとどめる為のコアパーツ。
そんな大事なマドレーヌの頭を無造作に引きちぎられ、彼はショックで気を失った。セレンはメルデスの髪を鷲掴みにし、無理やり顔を上げさせた。
グイッ
「メルデスさん、おねんねしちゃダメです。今夜あなたにはやるべきことがあったはずでしょう?」
「あが、あが……」
「だめか。刺激が強すぎちゃったかな。仕方ないですね」
セレンは頭のもげたマドレーヌをゴミのように放り投げると、祭壇の上からネル・フィードたちに話しかけた。
「みなさん、朝ってちゃんとニュース見ます?」
セレンの発したそれは日常会話などではない。言うまでもなく、その奥には悪魔のメッセージが秘められていることは間違いない。ネル・フィードはセレンの目を見て答える。
『毎朝、必ずチェックしている』
セレンは意識のないメルデスをひょいと肩に担ぎ、にっこり微笑むとフワリと宙に浮いた。
「なら、いつも通り、明日の朝もちゃんと見て下さいね」
『どういう意味だ?』
「きっと朝から素敵なニュースを見ることができるはずです」
『素敵なニュースだと?』
「僕も今から楽しみなんですよ。それでは失礼します」
セレンはさらに上昇していく。その動作は少し急いでいるようにも見えた。
『メルデスをどうする気だ!?』
「彼の体は特別でして、いかなる場合でも回収することが義務付けられているんです。でもメルデスさんが負けちゃうなんて思わなかったですけど。では失礼します」
『連れて行かせない、と言ったら?』
ネル・フィードのその言葉を聞いた瞬間、セレンの顔から笑みが消えた。
「人の優しさって、素直に受け取るべきだと思いませんか?」
「優しさ、だと?」
「いるじゃないですか。バスで席を譲ろうと立ち上がった人に対して、『年寄り扱いするな』と言わんばかりに感じ悪く断る無礼な老害が。あれってマジでキル衝動が高まりません?」
『キル衝動ね……』
「足をひっかけて転ばせて、死ぬまで顔面蹴り続けたら、気持ちいいだろうなぁーって思いますよね?」
『なにが言いたい?』
「あなたからはそのボケ老害と同じ悪臭がプンプン臭うんです。自分のにおいって、なかなか自分で気づけないじゃないですか。だから教えてあげているんですよ」
『なるほど。そういうことか』
「僕は親切心でここから去ろうとしているんです。僕の優しさなわけです」
『君の優しさを素直に受け取らなくてはいけない。私はそういう立場というわけだ?』
「ええ。僕はJudgmentですよ。いくらあなたが強いといっても、次元が違いすぎる」
『そうかもしれないな』
(ただ者ではないのは分かる。それよりも、こいつのいるようでいないような不思議な感覚の方が気になる!)
話の通じるネル・フィードに機嫌をよくしたセレンは、再び笑みを浮かべ、衝撃の事実を告げた。
「あなたにとっておきの情報を、ひとつだけ教えてあげます」
『なんだ?』
「僕のお世話係だったエミリーさんなんですけど、彼女の実力は、まだまだ発展途上だったんです」
『エミリーが発展途上?』
「完成された真のJudgmentと呼べるのは、僕と空白さんのふたり。もちろん、パウル様はさらにその上の存在なのです」
『パウルはさらに、上……』
それは分かりきった事実。ネル・フィードは無表情で天を仰いだ。心の中を、焦りや重圧がごちゃ混ぜになった嵐のような感情が支配する。
「僕の優しさ、伝わってますか?」
『くっ……!』
「いま僕はとても忙しいんです。1分でも早く帰宅したい。ここでの戦闘の回避は、お互いに理があることなんです。それでも、戦いたいと言うのなら、全力でお相手しますが。どうします?」
ネル・フィードは考える。
正直、セレンの実力は未知数。いまの自分でもどこまで戦えるか想像がつかない。アイリッサの石化された右手の具合も気になる。
天使の力のサポートのない今、避けられる戦いは避け、明日起こるであろう有事に備え、万全な体制を整えておくのが賢明。
戦うだけがすべてではない。戦況を把握し、次の展開に繋げなくてはただの戦闘狂。つまらないプライドや空気を読まない威勢の良さは時に身を滅ぼす。現在に至っては世界を滅ぼしかねない。
このセレンという男の「早く帰りたい」という言葉に嘘はないように感じる。
ネル・フィードは決断した。
『ここでの君との戦闘は私も望まない。場所と時間は改めさせてもらう』
「素晴らしい。そうこなくっちゃ!」
そう言うのと同時に急いでここを去ろうとするセレンを、ネル・フィードは一歩も動くことなく、呼吸さえも浅くして黙って見届けようとしていた。
セレンにメルデスを連れ帰らせれば、なにかしらの状況が悪化する可能性は高い。それを踏まえたとしても、ネル・フィードの戦士の頭脳は、この場でのセレンとの戦闘回避を導いた。
ネル・フィードが僅かに張り詰めた空気を緩めた瞬間だった。それを許さない者の声が、ネル・フィードの背中にグサリと深く突き刺さった。
「ネルさん、バカなの?」
その声の主はアイリッサ・エーデルシュタイン。彼女の石化され、重く冷えた右手は怒りで震えていた。
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