第481話 憎しみに染まれ

 無限階段の異空間インフィニット・ステアケースでの戦いのさなか、無意識のうちにビスキュートを具現化してしまったメルデスは、完全にトラウマの闇に飲み込まれ、精神崩壊の一歩手前。


 マドレーヌを抱き、泣きじゃくる彼からダークソウルを抜き取ろうとするも、アイリッサの右手は石化し、天使の力が使えずにいた。


 そんな困った状況の中、礼拝堂の扉が開く。外にはゾンビのビアンカがいる。一般人がここへ通されるわけはない。ネル・フィードは警戒を強め、そっと振り返った。


 そこにいたのは女性にも見えるほどに美しい容姿の男。それほどまでに美しい、きめ細やかな白い肌、雪解け水のように透き通る大きな瞳。


Arcanaアルカナ』と書かれたオーバーサイズの黒いTシャツにカーキのカーゴパンツ。足元はヴィンテージ感が漂うダークカラーのスニーカー。胸元には控えめなシルバーのチェーンネックレスが怪しく光る。


 軽くウェーブのかかった金色のマッシュルームカットが、全体のファッションを引きしめ調和させていた。


 そんな彼はスマホで熱心になにかを見ながら、祭壇で横たわるメルデスに向かって歩いていく。その姿を見たエルフリーナは驚き、固まった。


『あ、あ、ああ……ファミチキ!』


「やあ、久しぶり。アンネマリーちゃん。その姿の時はエルフリーナだっけ? 僕はだんぜん変身していない時の方が好きだけど」


 そう言って彼は微笑んで、エルフリーナの前を悠然と通り過ぎた。


 アイリッサはその人物の整った顔立ちに一瞬魅了されそうになったが、すぐに冷たい疑念のこもった視線を向けた。男はそんなことはお構いなしで、アイリッサにも話しかける。


「僕、このカクヨムってサイトでド素人が書いたヘボ小説を読むのが好きなんですけど、君は読んだりします?」


「えっ? よ、読まないですけど……それがなにか?」


「最近、流行りなのかも知れないですけど、異世界でのんびりスローライフっていうのがあるんです。くそつまんねぇーって、読んでて心の底からイライラしちゃうんですよね」


「じゃ、じゃあ読まなければ……」


「でも、そのくそつまんないスローライフを読みながら、主人公の女の子に乱暴したり、殺して解剖したり。そんな想像をするのが楽しくてやめられなくなっちゃって。僕って変です?」


 それを聞いたネル・フィードは、すかさずアイリッサと男の間に割って入り、男の胸ぐらを掴んだ。


 グイッ


『お前は誰だ?』


「ちょっと放して下さいよ。このTシャツ、安くないんです。お願いですから」


『先に質問に答えろ』


「これ新作で1万円もしたんですよ」


『お前は誰だと聞いている』


「名前を言えば放してくれます?」


『放す』


 苛つきながらネル・フィードは覚悟していた。この人物は間違いなく闇の能力者を上回る存在、Judgmentなのだと。その予想は的中する。


「僕はセレン。セレン・ガブリエル。放してもらってもいいですか?」


 その場に戦慄が走った。


 この男がセレン・ガブリエル。アイリッサの家庭を崩壊させたカルト、ネオ・ブラック・ユニバースの教祖の可能性が非常に高いとされる人物。


 アイリッサの表情も一気に憎悪へと変わる。彼は力の抜けたネル・フィードの手を淡々と振り解いた。


『君がエミリー・ルルーに引き続き、2人目のJudgmentで間違いないんだな?』


「ええ。エミリーさんは僕のお世話係でした。殺されたと連絡を受けた時は、悲しくて涙が止まりませんでした」


『仲間が殺されて涙か。そういう感情がちゃんとあるのなら……』


「なーんちゃってねぇ!」


『はあっ?』


「ただし、僕の大事なお世話係を殺したっていう黒髪の異星人の女の子には、僕が特別に長時間のエロ拷問の末に、股を引き裂いて殺してやりますけどね」


 このうすら笑いの男には、仲間の為に流す涙はない。ネル・フィードはそう確信した。


『あえて聞かせてもらう。君はここになにしに来た?』


 セレンは再びスマホを見て言った。


「このダンジョン系の小説は少しおもしろいと思うんですよね。モンスターとか魔石とか、レアなお宝とかもあったりして!」


『君はもう少し、人の話を聞くように心がけた方がいい……』


 セレンはまるでメルデスにしか用はないと言うように、ネル・フィードを無視して祭壇へと歩きだした。彼から発せられる圧倒的ななにかは、ネル・フィードの動きを制するには十分なものだった。


「うわあん、ビスキュート! 僕ちゃんは、僕ちゃんはあっ!」


 セレンは祭壇に上がり、泣きじゃくるメルデスのもとへやって来た。


「あらあら、イケメン神父のメルデスさんがこんな無様な醜態をさらすなんて。僕、ちょっとショックです」


 セレンはしゃがみ込み、メルデスの命とも呼べる、大事なマドレーヌをひょいと取り上げた。


「ふぎゃあっ! マ、マドレーヌを返せっー!」


「メルデスさん、これかわいいですね。僕ですよ。正気に戻ってください。セレンですよ」


「はっ!! セレン様!? な、なぜここに!?」


 セレンはマドレーヌの赤い髪を指で摘みながら笑顔で答えた。


「メルデスさんのメンタルがロマンシング・サ・ガ2のゲーム性並みに不安定ということで、空白くうはくさんがようすを見て来てって」


「空白様が? すみません。あの、そ、その、マドレーヌを、お、お、お、お返し願えませんか?」


 セレンは目を細め、メルデスを諭すように話を続けた。


「僕はこのお人形、メルデスさんのバグなんじゃないかと思うんです。バグは早急に取り除くのがゲーム業界の常識なんですよね」


「え?」


「でも最近のゲームは、後からアップデートすればいいって考えてるから、作りが雑で困るんですよ。完全に消費者をなめてると思いません?」


「ええ。で、あの、マドレーヌを」


 グリンッ!


 ブチンッ!


「僕、許せなくて」


 セレンはうすら笑いのまま、マドレーヌの頭をひねり、引きちぎった。


「うあぎゃあっー!!」


 メルデスは脳天を拳銃で撃ち抜かれたような悲鳴をあげた。


「メルデスさん、闇の能力者はもっともっーと、憎しみに染まらないと。過去は憎むためにあるんです。その力で明るい未来を作るんですよ!」


「うがうがうがっ……あばばば」


 メルデスは白目を剥き、泡を吐きながら気を失った。


 

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