第480話 エンジェル・ロス

 悔恨、自責、自罰、罪悪、自己否定。顔面ドクロのビスキュートは、まさにそれらが塊となって具現化されてしまったもの。


 愛していた者による辛辣しんらつな口撃。


 それが彼女の具現化の代償。予測できていた事態。


 ボボォンッ!!


 メルデスは腐り、崩れていくビスキュートを振り払うと、狂ったようにみことの炎を乱射した!


『消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろお─────っ!!』


 ブアオオオオッ!!


 ドウンッ!!


 ドウンッ!!


 ボォウッ!!


 あたりは様々な色の命の炎が飛び交い、さながら戦火渦巻く最前線! ネル・フィードは女子ふたりを迅速に避難させる!


『早く、階段の陰に隠れるんだ!』


「はい! ぷひー!」


『メルデス神父ーっ!』


 あの少女がメルデスの闇の一端を担っているのは明らか。ネル・フィードは暗黒の装甲シャドウメイルで身を固め、ことの顛末てんまつを見守った。


(私の『神とはなにか?』の問いに対し、あなたは己との対話の中に答えはあると言った。あなたの神父としての本分、見届けさせてもらう!)


 ドウンッ!


 ドウンッ!


 ボンボンボンボンボンッ!!


『僕ちゃんは悪くない! 悪くないんだあ!!』


 シュボオオオオォォオッ!!


『変態ちんぽ野郎! お前なんか生きてる価値ねーんだよ! 大好きな私のことを食人鬼に差し出しやがって!』


『うわあ! 許して! 許して! もう許してよおー!』


『許さない! よりによって、死体愛好家になってゾンビを量産するなんて! あたおかもいいとこよ!』


『き、君とのあの時間が僕ちゃんのすべてを変えたんだ! 僕ちゃんは生きている人間が怖いんだ! だから、どうしても!』


『お前は逃げて、逃げて、逃げまくる人生だな! ペニスばかりデカくなりやがって! 中身はガキの時となにも変わらない! なんの成長もしてないじゃない!』


『そんなことはない! 僕ちゃんはダミアンと一緒に……!』


『ダミアン? そいつがお前に教えたのは結局、現実逃避だ。違う?』


『そ、そんな……ことは!』


『ダミアンはあえてお前の過去を聞かなかった。お前はそれに甘えて自分からはなにも話さなかった』


『……!!』


『ダミアンはずっと待っていたんだ。お前が自ら過去を話してくれる日を。過去に立ち向かい、強くなる日を』


『あぎゃ、ああっ!』


『そんな日が来ることもなく、ダミアンは死んだ。さぞやお前には失望していただろうなぁ!』


『や、やめて、やめて!』


『このクズやろう! 私のおしっこで溺れて死ねばいいんだあっ!』


 ドクロビスキュートはそう言ってメルデスの顔面に飛びつくと、股間を押し当て、猛烈な勢いで放尿し始めた。


 ジャアアアアッ!!


『ごぼ! ごぼぼぼっ! うごっ!』


『死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ!!』


 ジャジャア─────ッ!!


『がぼぼっ! ぶほおっ!!』


『ほら! 美味しいんでしょお!?』


 ジャビビビィィイ────ッ!!





























『うごるああ────っ!!』


 ドォ───────オオンッ!!


 大量の尿が肺にまで入りこみ、意識を失う一歩手前のメルデスだったが、最後の力を振り絞り無限階段の異空間インフィニット・ステアケースをなんとか解除した。


 螺旋階段、ドクロビスキュート、床に飛び散った大量の尿。すべてが音もなく崩れ去り、景色は元いた礼拝堂へと戻った。


『ごっはあっ! がはがはっ!!』


 咳き込み、倒れ込むメルデス。彼は初めてまともに過去と向き合った。懸命に変態として生きることで、自分を正当化、美化してきた。


 意図せず発生した自己との対話。改めて突きつけられた救いようのない自分の愚かさ。メルデスは、自ら命を断つべきだと思い始めていた。


 彼の憧れのヒーローの象徴。クリムゾンレッドの髪は、気づけば元の銀髪に戻っていた。


 メルデスの『自己との対話』を見届けたネル・フィードは、今こそ彼からダークソウルを取りのぞく時だと思い、アイリッサに視線を向けた。


「ネルさん、天使の糸エンジェル・スレッドが出せない……」


『異空間から出ても石化は解けないのか!』


『お姉たまのかわいい手がゴジラみたいになっちゃったよぉ! えーん!』


 ビスキュートという名の少女の攻撃で、アイリッサの天使の力を扱う大切な右手は、重く醜いゴツゴツの呪われた石の手となってしまった。


「ダメだ、天使の力を集中することすらできない。困っちゃった……」


『リーナ、ひとまずアイリッサさんを頼む!』


『はい!』


 メルデスが息を整え、フラフラと起き上がったのだ。とはいえ、その表情はいまだこわばり、正常とは言えないものだった。


「僕ちゃんは、僕ちゃんは……」


 メルデスはよろよろと聖書台へと歩み寄り、そこにある女の子のお人形に手を伸ばした。


「マドレーヌ、僕ちゃんは、やっぱり人として、最低だったんだ……」


 ガクッ


     ドサッ


 人形を抱きしめると、メルデスは涙を流し、床に倒れ込んだ。その様子を見た3人はこの戦いはもう終わったと思った。


 その時だった。


 ガチャン!


 ギィィィィイ……


 礼拝堂の大扉がゆっくりと開いた。


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