第479話 悔恨
ほぼ意識を失っていたからかも知れない。本来ならば、メルデスが彼女を具現化することはなかった。彼にとって彼女は神聖な存在。それをイタズラに具現化などすれば、自分の身になにが起きるか分かっていたからだ。
小濱宗治の
あの日。少年だった彼は自分の行動のすべてを最善の選択とした。ヒーローになり損ねた自分の存在を内なる牢獄に閉じ込め、神格化した彼女の思い出のみにすがり生きてきた。
彼には自覚があった。心の奥底で静かに揺れる
意識を取り戻したメルデスは、ビスキュートを前にして涙が止まらない。今すぐ彼女の具現化を解かなくてはいけない。そう思うよりも先に、彼は愛しのビスキュートを抱きしめていた。
『ビスキュート、ビスキュートッ!』
冷たくて小さな体。懐かしい匂い。一気に蘇る詳細な記憶。助けたかったのに助けられなかった命。突きつけられた無力感。言いようの罪悪感。自分のズルさへの嫌悪感。
ヒーローから
彼女の願いを叶えるため。自分の命を守るため。少年は自分にそう言い聞かせNゼノンのキャップを外した。
『一緒に生きていこう』
喉まで出かかったその言葉を、少年は発することができなかった。極限状態の中に彼はいたのだ。20年以上の時が過ぎても、時折、後悔の波は彼を飲みこみ、窒息に似た苦しみを与えていた。
いまメルデスが抱きしめているのは、ビスキュートの形を成した己の悔恨の念。彼はそれを知りつつも、懺悔の言葉が溢れて止まらなかった。
『ビスキュート、あの時の私は君の命を守れなかった。生きることの素晴らしさを伝えられなかった!』
「うん……」
『それを伝えて君の気持ちが変わってしまったら、自分が殺されて食べられる。それが怖くて、私は保身に走ってしまったんだ!』
「メルデス君、仕方ないよ」
『あのふたりに気づかれないように窓を開けて、SOSの紙飛行機を飛ばすとか、なにかしらの方法を考える時間は十分あった……なのに!』
「じゃあ、なんで考えなかったの?」
『えっ?』
「メルデス君は結局、私にエッチなことがしたかったんでしょ? だからろくになにも考えずにNゼノン71を私に飲ませたんでしょ?」
『ビスキュート、やめてくれ……!』
メルデスはビスキュートを抱きしめるのをやめ、肩をつかみ、彼女の顔を覗き込んだ。
ドロドロッ ドロリッ!
『えへへ……えげげげ!』
『ぬうわあっー!!』
メルデスの目に映ったのは、顔の肉が腐って溶けた顔面ドクロのビスキュート。驚き立ち上がったメルデスを彼女はカサカサとよじ登り、耳元で汚く
『てめーはただの正義のヒーローをきどった変態くそ野郎だったな! 死んだ人間のオマン湖を舐めて興奮しやがって! マジできっしょー!!』
『う、うぎゃあーっ!!』
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