第462話 イージーモード

 僕は笑顔のマザーに見送られ、神父の見るからに年代物の車に乗り込んだ。車内はいたって普通で、変わったものは特になにもない。


「我が家に向かう前に、行きつけの美容院に寄りたいのです。少しだけ待ってもらうことになってしまいます。申し訳ありません」


「いえ、分かりました」


 グリムウッド神父は坊主頭。この頭で美容院に行っているのか。オシャレというべきなのか。てっきり自分で整えているんだと思っていた。


 静かな車内。聞きたいことはある。でも僕は自分から話しかけることはしなかった。神父も話すことなく目的地に向けハンドルをきった。20分でその美容院には到着した。


「少し待っていて下さい」


「あ、はい」


 神父は颯爽と車を降り、美容院のドアを開けて中へ入っていった。あの頭だ。待つといってもたいした時間じゃないだろう。と思っていたら、紙袋を大事そうに持って1分で戻ってきた。


「お待たせしました」


「なにも待っていませんよ。髪のお手入れではなかったんですね」


「ええ。髪は毎日、自宅のバリカンで刈っていますので」


 やっぱりそうか。シャンプーでも買ったのか? いちいち行動が謎だ。


 再び車は動き出した。


 すると、神父が話し始めた。


「君がずっと大事そうに持っているそのお人形、かわいいですね。名前はなんと仰るのですか?」


「マドレーヌ」


「素敵なお名前ですね。実は僕もお人形が好きなんですよ。コレクションしているほどです」


「そうなんですか。意外です」


「僕は割と多趣味なほうだと思います。あとでメルデス君にも見せて差し上げます」


「それはどうも」


 いい歳してお人形が好きか。なるほど。変態っぽい感じが少しずつしてきたじゃないか。僕のマドレーヌを見て、なんとなくシンパシーを感じたってとこか。


 でもな、僕のマドレーヌはそういうんじゃないんだ。マドレーヌは僕のアイデンティティを形成するもののひとつ。決して性欲を満たす為の道具なんかじゃない。あんたのクズ人形なんかと一緒にされたくはないんだよ。


 一体どんなヘボい人形を自慢げに見せつけられるのか。考えたら吐き気がしてきた。僕は流れる灰色の景色をボーッと眺め続けた。


「そろそろ僕の家に着きますよ」


 気がつけば、車は高級住宅街の中を走っていた。神父なんて適当な仕事、そんなに稼げるイメージはない。親が金持ちってことか。ちっ、人生イージーモードだな、こいつ。


「このあたりに暮らしているということは、グリムウッド神父はお金持ちなんですね。ひょっとして神父の職も趣味のひとつなんでしょうか?」


「メルデス君。僕は君のそういうところが気に入ったんです。マザーはだいぶ手を焼いていたようですが」


「はあ、そうですか」


 静かな通りに面した美しい外観の一軒家。そこの広いガレージに神父は車を停めた。工具や部品を整理するための収納スペースもある。車も趣味ってとこか。どうりでシートの乗り心地が抜群によかったわけだ。


「いきましょう」


 神父はさっきの紙袋を小脇にかかえ、石畳のアプローチを重厚な玄関に向かって歩いていく。ムカつくぐらいデカい家に住んでるな。


 神父は玄関の前に立つと、ポケットからカードキーを取り出してリーダーにかざした。ピッと音が鳴り、ロックが解除された。静かにハンドルを回し、ドアを開く。


「どうぞ。今日からここが君の家でもあるのです。気に入ってもらえると嬉しいのですが」


「気に入らない理由を探すほうが難しい気もしますけどね」


 僕はこのあと、神父ダミアン・グリムウッドの真の姿を知ることになる。


 

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