第455話 Nゼノン71
最善の選択。誰もが幸せになる選択。この間違いだらけの空間で最善を模索した結果、僕はもうひとつの誕生日プレゼントをビスキュートに渡す決断をした。
怪物との戦いから逃げた、ひとりの女の子の命を救うこともできない最低最悪のダサヒーロー。アルバート・メルデスの誕生さ。
だって仕方ないじゃないか。僕にはなんの特別な能力もない。ただの
ラファエルさんに渡された薬。
『Nゼノン71』
この少量の液体は人を優しく殺す。鋭利な刃物や爆発物を持つよりも遥かに大きな怖さが、汗ばむ手の中でうごめいている。ビスキュートは本当にこれを笑顔で受け取るのだろうか?
僕は確かめなくてはいけない。ビスキュート本人に。本当に死にたいのか。食べられることを納得しているのか。僕はビスキュートの手を包み込むように薬を渡した。
「これがもうひとつのプレゼントだよ」
「これって、なあに?」
「Nゼノン71って、知ってる?」
「これが天国にいけるお薬なの?」
「し、知ってるんだね」
「あたりまえだよ! ずっと欲しかったんだもん! やったあ!」
ラファエルさんの言っていたとおりの反応。満面の笑み。本当に欲しかったんだ。人は価値観ひとつで、ここまで死ぬことに対して明るくなれるものなのか。僕は確認作業を続ける。
「ビスキュートは……」
「なになにー?」
「ラファエルさんとミネルヴァさんに、た、食べ、食べ……」
こんなおぞましいことを聞けるわけがない。人として聞ける内容じゃない。どうすれば!
「うん! 食べてもらうよ!」
「えっ?」
「私は死んだらラファエルさんとミネルヴァさんに食べてもらう約束なの」
「ビスキュート! 本気で言ってるの!?」
「そうだよ。そしたらね、もう2度と生まれなくてもよくなるの。普通に死んで燃やされちゃったらね、また生まれてきちゃうの。そんなのやだもん」
「そ、そうなんだ……」
本当だった。ビスキュートは食べられることを納得しているどころか切望していた。目を輝かせて話すビスキュートををみていたら、常識や罪悪感といったものが、手を離した風船のように僕からどんどん遠のいていった。
「じゃあ、飲んでもいい?」
「えっ?」
「お薬、飲むね!」
「ちょっと、待って!」
「えー! なんでー!?」
僕はグラグラだ。頭の中も、心の中も。体中のあらゆるネジが緩んでバラバラになりそうだ。好きな女の子が目の前で自ら死のうとしているのを黙ってみていられるわけがない!
『ビスキュート、死ぬなんてやめようよ。僕と一緒に楽しく生きようよ』
喉まで出かかった。もし、これを言ってビスキュートの気持ちが変わってしまったらどうなる? ラファエルさんは
それは最善ではない。
ビスキュートの死への欲求は本物。
本物なんだ。
「お薬かしてごらん」
僕は常識も罪悪感も手放した。もはやヒーローでもなんでもない。Nゼノンのキャップをためらいなく回す僕は、どちらかといえば
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