第449話 カニバリズム

 僕は理解力はある方だ。それでもラファエルさんが口にした言葉が、僕の使っている言語と同じものとして受けとるのに少し時間がかかった。


 まったく知らない外国語を聞いたときの困惑と拒絶。僕の脳が反射的に発した信号はまさにそれだ。ふたりの笑顔はビスキュートの誕生日を祝うものじゃなかったのか? 僕はこんな不快な笑顔があることを初めて知った。


「おふたりはマリアちゃんを食べると言っているんですか?」


 僕はビスキュートが眠っているのをちゃんと確認して、イライラを抑えながら言った。


「ああ。そう言っているんだよ」


 変化のない不快な笑顔のままラファエルさんは答えた。


「冗談はやめてください。そんなことできる訳がないんですから!」


 僕の体の中でクリムゾンレッドの炎が火柱をあげて燃え上がった。それは完全に怒りの炎だった。体が熱い。


「私も現代社会の常識から外れたことを言っているのは重々承知なんだ。そうだとしても私たちはマリアを食べる。それは揺るがない」


「そんなバカなことっ!」


 僕は手が震えた。どうにかして警察に通報しなくてはいけないと思った。

でも、きっとこの人たちは警察なんか怖くない。逮捕されるよりも先に、自分たちの欲望を本能のままに叶えるんだろう。


「僕ちゃんは、カニバリズムというものを知っているかな?」


「カニバリズム?」


「人間が人間を食べる行為のことだ。食人の歴史は古くからある。ミイラなどは薬として用いられていたんだ」


「マリアちゃんはミイラじゃない」


「あはは。それはそうだがね」


「ねえ、私からも少しいいかしら?」


 僕とラファエルさんの決して交わることのない平行線の会話を聞いていたミネルヴァさんが、笑顔ではなく真顔で話しかけてきた。

 

「なんですか?」


 僕の冷たい視線は、ラファエルさんからミネルヴァさんに移動する。


「さっき言ったわよね。私たちはルナティックガーデンなの。ルナティックガーデンはこの制約的な世界に自分を押し潰されはしないの。ましてや、たかが自己満足の正義に、私たちの関心の追求の邪魔は絶対にさせないわ」


「自己満足とかじゃなくて! 人を食べるなんて、そんなの絶対におかしいですよ!」


「おかしい? 豚や牛の肉は平気で食べるじゃない。チャイニーズは猿の脳みそだって食べるわ。珍味だと言いながらね。食への衝動は誰にも止められない。止めるべきではない」


「そんな……!」


「私たちは人肉、しかも、かわいい女の子の柔らかいお肉を食べたくて仕方がないの。マリアはせいに執着がないし、産まれるという現象自体に疑問を持ってる。だから、私たちとの生活を望んだのよ」


「まさか、マリアちゃんは……あなたたちに食べられることを分かってて、一緒に暮らしているんですか?」


 ミネルヴァさんは、不気味な赤いお酒をガブリと飲み干して言った。


「うふふ。もちろんよ」

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