第445話 Egg and egg

 ついに6月6日の日曜日がやってきた。今日は午後からリチャード先生の授業があって、ビスキュートの誕生日会には行けないはずだった。


 今朝、リチャード先生から連絡があった。食当たりで高熱が出て、授業には来られないとのこと。先生はちゃんと約束を守ってくれた。


 そもそも日曜日に授業は滅多にない。今日はお父様が午後から同窓会で家にいない。お母様が無理やり先生に会おうとしたんだと想像がつく。またキスがしたかったんだね。


 リチャード先生と会えなくなったお母様の機嫌は、朝からあまり良くない。笑顔も口数も少なめ。いつもはちょうど良い半熟の目玉焼きも、今朝は少し黄味が固めだ。


 料理という物は、意外とメンタルが投影されるものなんだと初めて知った。お父様も仕方がないといった顔で朝食を食べていた。


 午前11時。礼拝を終え、お父様を駅で見送り、僕とお母様は帰宅。ビスキュートの誕生日会は12時から。もうそろそろ出発したい。僕はビスキュートへのプレゼントの入ったリュックを背負い、お母様のいるリビングへ向かった。


 お母様は最近ハマりだした韓流ドラマをボーッとした顔で観ていた。『愛の不時着』とかいう、たいして面白くもなさそうなダサいドラマだ。


「お母様、すみません」


「なあに? お腹すいた?」


「いえ、実は今日、クラスメイトの自宅で行われるBBQパーティーに招かれていたんです。授業もなくなってしまったので、今から行こうと思います」


「えっ? そうなの? めずらしいわね。アルバートはそういうの好きじゃないと思っていたわ」


「確かにあまり好きではありません。でも、そういう交流の場に顔を出すことも、将来の為に必要なのかと」


「分かったわ。この前いただいたキャビアの詰め合わせがキッチンにあるから持って行って。失礼のないようにね」


「ありがとうございます」


「どちら様のお宅なの?」


「ベロンチョ君のおうちです」


「あっそう、気をつけてね、いってらっしゃい」


 お母様は愛の不時着に夢中だ。


「はい、いってきます!」


 こうして僕はビスキュートへのプレゼントの『新作のたまごっち』と、手土産の『キャビアの詰め合わせ』の入ったリュックを背負って家を出た。なんか持っていく物がたまごばかりになってしまった。


「ビスキュート、喜んでくれるかな」


 プレゼント選びは本当に悩んだ。かわいいお人形にしようかと思ったけど、ビスキュートにはマドレーヌがある。おもしろい小説はどうかと思ったけど、ビスキュートは絶対に本を読むのは好きじゃない。


 悩んだ挙句、僕は定番のおもちゃ屋さんに立ち寄った。そうしたら、ちょうど新作のたまごっちの発売日だった。僕は迷わず手に取った。


 女の子はたまごっちが好きだ。クラスの女子が話しているのを聞いたこともある。かわいいビスキュートにピッタリなピンクのたまごっち。かわいがってくれるはずだ。実は僕も色違いのものを買った。


 今日は自転車でビスキュートの家に向かう。嬉しくて自然とスピードが上がる。10分で到着した。僕はインターホンに指を伸ばした、


 ガチャ


 すると、僕が来るのを待っててくれたのか、ラファエルさんがインターホンを鳴らす前に玄関を開けて出てきてくれた。この前と同じだ。


「いらっしゃい。今日は自転車で来たのかい?」


「はい」


「ここに来ることは?」


「言っていません」


「そうか。じゃあ自転車は家の中にしまおう。盗まれてはいけないからね」


「あ、ありがとうございます」


「じゃあ、行こうか。マリアもミネルヴァも待っているよ」


「はい」


 ラファエルさんは片手でヒョイと自転車を持ち上げた。玄関のドアをあけると、とても美味しそうな料理の香りが充満していた。


 ラファエルさんは、僕の自転車を入ってすぐの部屋の奥にしまった。


「今日は僕ちゃんのおかげで素敵な日になりそうだ。感謝しているよ」


「こちらこそお招きいただき、ありがとうございます」


 その瞬間、なぜか頭をよぎった。


 今日、6月6日はモライザの『恐怖の日』だ。先週の礼拝の時に神父様がおっしゃっていた。でも、今日から僕にとっての6月6日は好きな子の誕生日。素敵な日、以外の何ものでもないんだ。













 でも僕は、

















 このあと知ることになる。

















 僕の見てきた世界が、


















 ほんの断片にすぎないことを。


 

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