第443話 特別

 僕の推理は的外れに終わった。僕としたことが不道徳探偵クリムゾンの影響を受け過ぎた。そんな簡単に事件に遭遇することなんてないんだ。


「なんで人は怒るの?」


「なんでお酒を飲む必要があるの?」


「みんな、どうせ死ぬのになんで生まれてくる必要があるの?」


 これはビスキュートの純粋な疑問であって、特に生活の中で心を病んでいたわけじゃなかったんだ。


 僕はそう結論づけて、パイナップルをすべて食べ切った。爽やかな甘みで最高においしかった。


「ごちそうさまでした」


 満足げな僕を、ラファエルさんもミネルヴァさんも笑顔で見てくれる。僕もつられて笑顔になった。なんだか照れ臭い。僕の両親とはやっぱり違うなって思った。


 お父様とお母様は表面上は仲良く見える。でも、お母様はリチャード先生とキスをしていた。不倫をしていた。お父様はたぶん気づいてる。2人の仲を。それでも何も言わない。


 ひとり息子の僕から言わせてもらえば、なんとも言えない息苦しさを感じる毎日なんだ。お父様、男のプライドはどこにいったんだよ。本当にそれでいいの?


 僕はラファエルさんとミネルヴァさんみたいな、あったかい夫婦になりたい。家庭を築きたい。まだまだ先の話だけど。大好きな人と。


 さてと、そろそろ帰らないと、お母様が心配しちゃうな。


「僕、そろそろ帰ります」


「えー! もう帰っちゃうのー?」


 ビスキュートの顔は本当に嫌そうだった。僕はこの子のこういう素直な感情表現が大好きだ。ラファエルさんがそんなビスキュートの頭をなでながら話しかけてきた。


「僕ちゃん」


「はい、なんですか?」


「今日、ここに来ることを……誰かに話したのかな?」


「いえ、散歩に行ってくると言って家を出たんです」


「そうかい。じゃあ、来週もここへ来るということは……言わずにおいで」


「えっ?」


 僕は言いたかった。仲のいい友達の誕生日会に行くって。お父様とお母様を驚かせたかった。僕にもそんな友達ができたんだって。でも、ラファエルさんの表情は真剣そのものだ。


「理由は来週きたときに話そう。マリアに関することなんだ。約束、守れるかい?」


「ビス……マリアちゃんの?」


「そうだよ。このことは誰にも知られたくないんだ。僕ちゃんは特別だ」


「分かりました。ここに来ることは誰にも言いません」


 ビスキュートに関すること。僕はそれをどうしても知りたいと思った。僕の知らないビスキュートを知ることができる。秘密や特別という言葉が、僕の胸をさらにときめかせた。


 それと同時に、胸の奥に焼けるような苦しさが残っているのも感じた。それがなにか分からないまま、3人に見送られ、僕は帰宅した。

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