第439話 ヒーロー

 ビスキュートが公園を出た。


 僕は見つからないようにかなり距離を取りながら後をつけていった。


 右足を引きずるビスキュートの歩くスピードはゆっくりだ。僕は周りの目も気にしながら、ペースをうまく合わせて歩いた。


 考えごとのふり、靴ひもを結び直すふり、虫を捕まえるふり。そんなことを繰り返しながらビスキュートの後をつけていくこと20分。ついに僕は辿りついた。守りたい大好きな女の子の家に。


「ここか……」


 僕は勝手にボロいアパートメントにでも住んでいると思いこんでいたけど、そんなことはなかった。周りの家と比べても、妙に大きくて立派な家だ。


 ビスキュートはネックレスみたいに首からかけていた鍵を胸元から取り出すと、慣れた手つきで鍵を開けて、家の中へと入っていった。


「今、家には誰もいないのか」


 今日はひとまずビスキュートの家の場所を知ることができた。僕はその大きな家を睨みつけてから、走って家まで帰った。なぜか分からないけど走りたい気持ちが抑えられなかった。


 家に帰ると、お母様がいつもより帰りの遅い僕を心配していた。僕は図書室で少し本を読んできたと嘘をついた。今日は好きな人によく嘘をつく日だ。 


 僕は本棚から読みかけの不道徳探偵クリムゾンを手に取り、椅子に座って読むことにした。


 クリムゾンは真相を究明する為なら平気で悪事も働くダークヒーローだ。真っ赤な髪がかっこいい。僕も赤い髪に生まれたかったな。ビスキュートとも同じ赤い髪に。


 明日からしばらくリチャード先生の授業が続く。日曜日も礼拝の後は家族で外食、ショッピングの予定が入っている。なんとかビスキュートの家に行きたい。


 とつぜん行ったら驚くだろうな。『なんで私のうち知ってるの?』って聞かれそう。でも、それはビスキュートのことが心配だったからって言えばいいんだ。僕はストーカーなんかじゃない。


 1時間ほどでクリムゾンを読み終え、アルコール中毒患者や児童虐待、電磁波についてパソコンで調べた。


「ビスキュートの両親に接触する必要がある。日曜日、ショッピングから帰ってきたら捜索開始だ!」


 僕は完全に探偵きどりだった。大好きな女の子を助けたい。憧れのかっこいいヒーローになりたい。ビスキュートに好かれたい。その一心だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る