第438話 クリムゾンハート

 僕はついさっき『人は人を好きになる為に生まれてくる』と思ったばかりだった。それなのに、この子はなんてことを言うんだ。


 マドレーヌの頭をなでるビスキュートの表情は、なぜか死んでいるように見えた。


「ねえ、ビスキュート」


「なあに? 教えてくれるの?」


「君は生まれたくなかったのかい?」


「だって、どうせ死ぬんでしょ?」


「そ、それはそうだけど」


「私は死にたくないの。だから、生まれなくてもよかったの。マドレーヌみたいなお人形さんでよかったもん」


「ビスキュートはまだ6歳だろ? 死ぬなんてまだまだ先の話しさ。人間は歳をとるとね、この世に未練がなくなって、死ぬことなんて怖くなくなるんだよ。だから大丈夫!」


「ふうん」


 ビスキュートは全く納得していない。死ぬことが怖いわけじゃないのかな。それ以上なにも言えない僕に、その後、ビスキュートは笑顔を見せてはくれなかった。


「私、帰る」


「うん。気をつけてね。僕も帰るよ」


 淡い恋心と謎のもやもやを僕に残して、ビスキュートは右足を引きずりながら公園の出口に向かって歩いていった。僕はその後ろ姿を見ながら、なんだか嫌な予感がし始めた。


『なんで人は怒るのか?』


『なんで人はお酒を飲むのか?』


『どうせ死ぬのになんで生まれるのか?』


 僕は最近ハマっている推理小説、不道徳探偵クリムゾンの主人公『クリムゾン』になりきって、ビスキュートの発言から予測される真実を、難解な立体パズルを組み立てるように推理した。


 ガチャリ!


 ガチャッ!


 ガチャリ!










 ガチャンッ!


 僕の推理が終わった。


 組み上がったパズルは、完全に僕の嫌な予感を確信へと導くものだった。


「あの引きずる右足も気になる!」


 2日前に聞いた時、電磁波がどうとか言ってたけど、あれは虐待されてるんじゃないか? そうに違いない!


 アル中の父親に虐待されているんだ。電磁波というのも父親にそう言うように脅されている可能性が高い。虐待がバレないように。


「どうせ死ぬのにとか、そんなことを考えちゃうくらい毎日つらい思いをさせられているんだ。きっと!」


 僕は家に帰るのをやめ、ビスキュートの後をつけることにした。僕の心は、好きな女の子を助けたいと思う気持ちで熱く燃えていた。

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