第437話 マドレーヌ

 僕は好きな女の子にかっこつけたくて嘘をついた。嘘をつくなんて最低な行為だと分かっているのに。今ならまだ間に合う。訂正できる。


 嘘だったって言え。


 言うんだよ! アルバート。


 ビスキュートの無邪気な笑顔と、初めて感じる女の子の柔らかい体の感触と匂いが、それを許さなかった。


 がっかりさせたくない。もっと好きになってもらいたい。そればかりが頭の中をぎゅうぎゅうに埋め尽くす。



『メルデス君、かっこいいっ!』



 これが嬉しすぎたんだ。だから仕方ないじゃないか。僕は生まれてはじめて自分にいいわけをした。


「ビスキュート、もう1回ブランコしようよ!」


「うんっ! するー!」


 僕たちはもう一度ブランコに腰かけた。


「ビスキュートはそのお人形さんが好きなの? かわいいね!」


「うん! この子の名前はマドレーヌって言うの」


「マドレーヌ? またお菓子の名前じゃないか!」


「ふわふわでかわいいんだもん!」


 マドレーヌは見た目がビスキュートにそっくり。赤毛のくせっ毛で大きな黒い瞳。緑色のカジュアルドレスを着ていた。


 マドレーヌを抱っこするビスキュートの姿は、脳みそが溶けちゃうんじゃないかと思うくらいかわいかった。僕は嬉しくなってブランコを立ちこぎした。


「あははっ! 気持ちいいーっ!!」


 モライザ様。こんなかわいい女の子と僕を出会わせてくれてありがとうございます。感謝します。


 僕はこの時はじめて本気で神に感謝したのかも知れない。裕福な暮らし、恵まれた才、容姿。そんなのはあたりまえに思っていた。だから、感謝なんてしたことはなかった。


 人間は好きな人に出会うために生まれてくるんだ。そしてキスをするんだ。僕がキスをしたいのはビスキュートで間違いない。


 まさかこの僕が、特別支援学級の女の子に恋をするなんて想像もしていなかった。でも僕はビスキュートを特にバカだとは思わないし、この子になんの特別支援が必要なのかも分からなかった。


「どうしたのっ? ビスキュートもこぎなよ!」


 僕の無邪気な呼びかけに、ビスキュートはブランコをこぐことなく思いもよらない返事をした。


「みんな……」


「えっ? なに?」


「みんな……」


「え? みんな?」














「みんな、どうせ死ぬのになんで生まれてくる必要があるの?」


 6歳の女の子のその問いに、恋に浮かれていた僕は急にゾッとした。

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