第435話 ブランコなう

 僕は公園で遊んでから帰るというビスキュートと別れ、帰宅した。


「恐竜を絶滅させた隕石か……」


 ベッドで横になって天井を見つめながら考えるのは、やっぱりビスキュートのことばかりだった。


 微かに口の中に残るポップキャンディーのメロンの甘み。それがなんともいえず心地いい。もっとビスキュートと話がしたい。そう思った。


 2日後、僕は足どりも軽く登校した。授業もクラスメイトとの会話もうわのそら。早くビスキュートに会いたい。そればかり考えていた。


 キンコーン、カンコーン


 授業が終わった。僕はくだらないアニメの話をしてくるクラスメイトをかわして、特別支援学級の教室を目指して走った。


「ビスキュート!」


「あ、メルデス君だー!」


 僕たちはあたりまえのように2人で下校した。今日はどんな質問をしてくれるかな。小説のページをめくるときと同じようなワクワク感がこの子にはある。


 そんなビスキュートは僕の期待にこたえるように、さっそく疑問に思うことを聞いてきた。


「なんで空は青いの?」


「青の光は他の色より波長が短くて、ひろがりやすいんだよ。だから空は青く見えるんだ。海もね!」


「波長? よく分かんないよぉ!」


 その後もビスキュートは、いくつも質問をしてきた。


『なんで地球は回ってるの?』


『なんで星は光ってるの?』


『なんで海はしょっぱいの?』


 かんたん、かんたん。そのへんは僕だって知りたくてリチャード先生によく聞いてたからね。僕は得意げにすべての質問に完璧に答えた。 


 少し答えかたが難しかったかな? ビスキュートはなにか言いたそうな顔をしながら、スクールバッグからまたあれを取りだした。


「メルデス君、ポップキャンディーあげる!」


「あ、ありがとう」


 今日はオレンジ味。うん。美味しい。僕たちはこの前の公園に入り、ブランコに乗ることにした。


 キィコ


 キィコ


 ひとけのない公園に軽く錆びたブランコの音が響く。久しぶりのブランコ。僕は思いっきりこいだ。


「ビスキュート! 他に聞きたいことは? ないのーっ?」


 僕がそう言うと、ビスキュートはブランコをこぐのをやめてしまった。そしてスクールバッグから女の子の人形を取りだして頭をなで始めた。そんなものまで学校に持ってきてたのか。


 その人形をかわいがるビスキュートの口から、今までとは少し質問が僕になげかけられた。


「なんで人は怒るの?」


「えっ? 怒る?」


「うん。なんで?」


「なんで? うーん、人は思いどおりにならないと怒りやすいかなぁ? あと鉄分が不足したりすると……」


 僕が質問に答えきるまえに、ビスキュートは次の質問をしてきた。


「なんでお酒を飲む必要があるの?」


「え? お酒?」


「水とお茶とジュースだけじゃダメなの? お酒ってなんなの?」


「お酒……そうだなぁ」


 それは僕も思っていた。お酒なんて飲むものじゃないと。あれは人間が飲むものじゃない。神に捧げるものだ。


 酒は百薬の長。


 こんな言葉に踊らされ、酔いという快楽をもとめて人間は飲酒する。その後の惨憺さんたんたるぶざまな光景を見れば、いかに飲酒が人間にそぐわない行為であるかがよく分かる。


 頭痛、吐き気、倦怠感、記憶喪失、さらに臓器へのダメージ。酒が強いとか言って豪語している大人を見ていると、知的レベルの低さを感じてこっちが恥ずかしくなる。


 あんなもの、拒絶反応が出て当然。酒が強いんじゃなくて、体が鈍感だということに気づけないのか。お酒は体だけじゃなくて魂もむしばむんだ。僕は大人になっても絶対に飲酒はしない。


 僕はそう答えた。ビスキュートは軽く微笑んで、ゆっくりとブランコをこぎ始めた。


 キィコ


 キィコ


 キィコ


 ブランコの揺れといっしょに揺れるビスキュートの赤い髪。僕を見つめる黒い瞳。ポップキャンディーをくわえる口元。


 それを見ているだけで心臓がドキドキする。僕はビスキュートが好きだ。僕ってこんなかんたんに女子を好きになっちゃうのか。知らなかった。新たな発見だな。


「おい! お前ら仲良いなぁ!」

 

 そう言いながら、3人の上級生がこっちに近づいてくる。せっかくのいい気分を台なしにされた。僕のだいじな時間を邪魔するバカには、お仕置きが必要なことは言うまでもない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る