第434話 ビスキュートの隕石

 僕は机の上の算数の教科書を手に取った。そこにはその子の本当の名前が書いてあった。


「素敵な名前だね。マリアか」


「私はマリアじゃないの。ビスキュートなのーっ!」


「なんでお菓子の名前なんか名乗るんだい? マリアでいいじゃないか」


「ビスキュートの方が甘くておいしいし、私は好きなの」


「変わってるなぁ」


 もう少しこの子といたい。そう思った僕はあたりまえのようにビスキュートと帰ることにした。


 ビスキュートはふわふわの赤毛。瞳は美しいアイボリーブラック。赤いスカートをヒラヒラ揺らし、楽しげに僕の前を歩く。右足を引きづりながら。


「足が痛いの? 大丈夫?」


「これは電磁波で攻撃されてるの。病院もグルだから病院には行かないの」


「電磁波っ?」


 やはり、この子はヤヴァいのか? でも実に興味深い。


「はい! あげるーっ!」


 ビスキュートはスクールバッグから棒のついたカラフルな飴を取り出し、僕にくれた。


「またお菓子?」


「ポップキャンディーだよ! すごくおいしいのーっ!」


「ポップキャンディー?」


「それはメロン味だよ」


 僕はあまりお菓子を食べない。とくに派手な色のお菓子は添加物まみれだから食べる気はしない。


 でもなぜか、ビスキュートの差し出した棒つきのその飴を僕は味わいたいと思った。


 ぺろぺろ


「お、美味しい……っ!」


「でしょーっ? やったあ!」


 なんて屈託のない笑顔。こんな笑顔をする奴は僕のクラスにはいない。純粋にかわいいと思った。


 ポップキャンディーをふたりで味わいながら歩いていくと、公園にさしかかった。ビスキュートは鼻歌を歌いながら公園の中に入って行く。


「公園でなにをするの?」


「メルデス君に聞きたいことがあるの」


「今度はなに?」


 ビスキュートは砂場に来ると、近くにあった大きな石を空中高く放り投げた。


「せーのっ! てーいっ!」


「あ、危ないよっ!」


 ボスン


 石は砂場の砂に深くめり込んだ。


「メルデス君に質問」


「な、なんでしょうか?」


 僕はなにを聞かれるのか、訳が分からずドキドキした。


「今から6600万年前に恐竜は絶滅しました。巨大な隕石が地球に衝突して」


「そうさ、有名な話だね」


「すっごい大きい隕石が衝突したんだよね?」


「そうだよ。直径10キロとかじゃなかったかなぁ?」


「その隕石……どこにあるの?」


「え?」


「なんで穴はあるのに隕石はないの?」


「ええっ?」


「だってよく見てよ。大きな石が砂場に落ちたら穴はあくし、石もあるよ」


「そ、そうだね……」


「この前ルウシアに落ちた隕石はそんなに大きくないのに、なくならずに回収されたってニュースで言ってた」


「あ、この前のソニックブームを起こした……あれか」


「じゃあなんで恐竜を絶滅させためちゃんこ大きい隕石は、地球にめり込んでないのかなぁ?」


 ビスキュートはしゃがみこみ、めり込んだ石を手に取ると、くぼんだ砂をじーっと見つめだした。


「えっと……」


「お山になっててもおかしくないよね? 消えてなくなるわけないもんね?」


「それは……」


 エベレストの10倍以上の多きさの隕石。地中深くにめり込んでるか、爆発して消えたか、そのあたりだろう。ものすごい速度で衝突したんだから。


 とはいえ、クレーターの話題はよく出るけれど、隕石の所在についてはあまり語られていないのもたしか。この子はみんなが見てない物を見ているのかも知れない。僕はまじめに答えるのをやめた。


「わかんないや」


「メルデス君も分かんないかー。だから私はクレーターが大嫌いなんだー。隕石のお山があったらすごいのにね」


 そう言って、砂で山を作りはじめたビスキュートを僕はじっと見つめた。口の中のポップキャンディーのメロンの味は、その甘さを増していた。

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