第432話 かっこいいって言われたい

 僕の名前はアルバート。由緒正しいメルデス家の長男だ。僕はきっと将来偉い人になる。その為に日々、勉学に励んでいる。


 趣味は読書。最近は『不道徳探偵クリムゾン』シリーズにハマっている。


 僕は今8才。


 学校には週に2、3日行くだけ。お母様が決めた優秀な家庭教師の先生に教えてもらっているからだ。今日も今からお勉強の時間さ。


「今日も頑張ろうね!」


「はい!」


 リチャード先生はとても。はっきり言って憧れている。不細工なできそこないの底辺の職にしか就けないようなゴミにはなりたくない。


 そんな僕だけど、今のところはとしか言われたことかない。お父様もお母様も、親戚のおばさんも、近所のお姉さんも、みんな僕のことを『かわいい』って言うんだ。


 鏡で自分を見る。そこには女の子みたいな僕が映る。僕は男だ。かっこいいって言われたい。


 毎日そんなことを考えながら、早く大人になりたいと思いながら、理想の自分を思い描きながら、方程式を解く。


 リチャード先生は教え方がすごく上手だ。中3レベルの数学もすぐに理解できたし、学ぶことの楽しさも同時に教えてくれる。


「じゃあ、お昼にしようか」


「はい」


 午前中の授業が終わった。先生とお母様と僕の3人でランチを食べた。午後の授業は2時からだ。僕はいつも通り自分の部屋で1時間お昼寝をする。


 ベッドにもぐりこみ目を閉じる。


 3日前のできごとが、勝手に頭の中に思い浮かぶ。その日も僕はランチを食べてベッドで寝ていた。しばらくしてお腹が痛くなった僕は、トイレに行くことにした。


 お母様の部屋の前を通る時、ドアの隙間から見えた光景に僕はなんとも言えない不思議な気持ちになった。お母様と先生がキスをしていたからだ。


 僕はお腹が痛かったからすぐに通り過ぎたけど、間違いなく先生とお母様はキスをしていた。


 お母様は先生のことが好きなんだ。僕も先生のことは大好きだけどキスはしたくない。僕は女の人としかキスをしたいとは思わない。


 でも、キスは男女だけでなく、男性同士、女性同士でもするもの。LGBTについても僕はきちんと学び、理解を深めている。偏見や差別、そんなものはあってはならない。


 そして、僕が見たお母様のキスのことは誰にも言っちゃいけない。そんなことは8歳の僕にでも分かることだ。

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