第429話 前人未踏の心

 メルデス神父との通話が終わった。


 今夜9時、3人は真実の彼を目の当たりにする。現在、時刻は午後6時。


 ネル・フィードは未だ彼の戦う姿を想像できずにいた。聖職者特有の穏やかな口調と物腰。目に宿った闇とは異なる、ある種の輝きが彼にはあるように感じていた。


「リーナ」


『なあに? ゼロさん』


「メルデスの能力、ゾンビバレンス・エターナル以外、知らないのか?」


『うん。だからメルデス神父が戦うとこって想像もできないんだよね』


「そうなのか……」


 メルデスの戦闘能力は未知。とはいえ、エルフリーナ抹殺を任される程の実力の持ち主。ネル・フィードの不安はより一層増してゆく。


 ビビビビ──────ッ!!


「う、うわあああっ────!!」


『どうしたのっ? ゼロさんっ! 汗がすごいよーっ!』


 突然、電流がネル・フィードの全身を駆け巡った。さらに濁流の様に脳内に押し寄せる戦闘に関する記憶。


「ど、どうしたんですかっ? ネルさんっ! 大丈夫っ?」


「何が起きたんじゃっ!?」


『ゼロさんっ! ゼロさんっ!』


 ネル・フィードは頭を抱え、膝をついてしまった。とはいえ、苦しいわけではない。自分を取り戻すような妙な感覚に襲われ、一時的に体が制御できなくなっていた。


「こ、これは……っ!?」


 彼は取り戻したのだ。


 変態ミロッカの身勝手極まりない恋のシナリオにより封印されていた、膨大な戦闘の記憶と唯一無二の格闘センスを。


 エミリー戦で死に直結するダメージを負ったネル・フィード。それに責任を感じたミロッカは、封印しすぎた彼の力を解放していた。


 メルデスとの戦闘イメージを膨らませた事により脳が刺激され、解放された力が体に定着したのだ。


「まるで生まれ変わった気分ですよ。いろんな記憶が戻っている……!」


 手足にみなぎる自信とパワー。戦闘に関する思考回路の復活。それに伴い溢れ出すバトル・イマジネーション。


 相手との駆け引き、あらゆる身のこなし、攻守の緩急、瞬間的爆発力、さらに数々のスペシャルムーブ。


 新鮮な酸素が血流に乗り、全身を巡るかのように、鮮明になった戦闘の記憶が五感をフルに目覚めさせる。


「ネルさんは何か忘れていたんですか? それを思い出したのっ?」


「脳と体がしっかり直結した感じがするんですよ。今ならエミリーにも勝てる。そんなところでしょうか」


「本来の自分を取り戻した。そんな感じかのう?」


「正にそんな感じです」


「きっと解離性健忘かいりせいけんぼうの症状が改善したんじゃな。よかったのう。てゆーかっ! メルデス神父様って悪者だったんかっ? そこんとこ詳しく聞かせんかいっ!」


「そ、そうなんですよ。実は……」


 ネル・フィードはパウルによるディストピア創生計画が進行している事、さらに、これまでの経緯をペッケに説明した。


「我々の知らんところで、そんな訳の分からん計画が動き始めておったのか。最近物騒なニュースはよく耳にしてたがな。心配じゃ……」


「大丈夫です! パウルの好きにはさせませんよ!」


『ゼロさん、かっこいい♡』


 意気込むネル・フィードの急激なパワーアップは、黒髪のヤヴァいお姉さんことミロッカの仕業に違いない。エルフリーナはそう確信していた。


(ピンチになったら、また来てくれるのかな? ミロッカお姉さん……)


 メルデスから自分を上回るパワーを感じたことは一度もない。だが、先程の通話中に幾度か感じた余裕にも近い雰囲気。メルデスには自分にはない何かがある。エルフリーナはそう思わざるを得なかった。


 モライザ教神父アルバート・メルデス。彼の心は遥か彼方。誰も辿り着くことのできない、怪物が潜む前人未踏の地。果たして3人は、そこに到達することができるのか?


(メルデス神父、私たちが必ずあなたを救うから!)

 

 エルフリーナの大きな瞳は、人としての涙で潤んでいた。

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