第427話 オートマティック・スーサイド

 セレン・ガブリエルの子供じみた印象から、諸悪の根源とも呼べるネオブラの教祖たる威厳をみじんも感じ取ることはできなかった。


 アイリッサはそんな無意味なトーク画面をあきれ顔で閉じ、もうひとりのJudgmentと思われる人物『獅子ししつじ空白くうはく』のトーク画面を開くことにした。


「この人は大丈夫でしょうね……」


「その人物も小濱君と同じく、ジャポン特有の『ヤヴァさ』を兼ね備えているかもしれないですね」


『確かにジャポンは謎多き国だよね』














〈 獅子ヶ辻 空白


5/21 (木)


報告します。無事にエルリッヒが美醜逆転脳との接触に成功しました

16:48 既読


分かりました。今夜エキシジョンするとしてカルチベーションに10日程かかります。トランスプランテーションは6月3日を予定しています

16:49


はい。そのように心得ておきます

16:49 既読


愚かな人間どもに面白い実験ショーを堪能してもらいましょう

16:50


今からとても楽しみです

16:50 既読




「なにこれっ? エキシ? カ、カルチ? プランテーション? 意味わっかんない。ネルさん分かる?」


「私もよく分かりません」


「アイリッサ、見せてみい」


 ペッケはスマホを受け取り、老眼鏡越しに文面に目を通す。


『おじいたま♡ 分かったあ?』


 ペッケはゆっくりと老眼鏡を外すと、青ざめた顔でスマホをアイリッサに手渡した。


「なんて書いてあったの?」


 アイリッサの問いにペッケは頭をかかえ、唸り声をあげた。


「なんじゃ、そのやりとりは。倫理観というものがまったくもって欠如しておる。そいつらはなにを考えとるんじゃ」


「ぺ、ペッケさん、一体なんて?」


『おじいたま、教えて!』


 ペッケはソファー代わりに愛用している解体屋にもらったバスの座席に腰掛けると、タバコを咥え、そっと火をつけた。


「その美醜逆転脳とやらの細胞を摘出して培養するのに10日。6月3日、今日から、その脳細胞を人体に移植する。そう書いてある。人のやることではないのう」


「そんなことが書いてあったの? 脳細胞を移植? そんな事が……」


「アイリッサさん、奴らは不可能を可能にする力を持つ。エミリーのドクターとしての能力も、人智を超越したものになっていたはずだ」


「で、ですよね……」


「エミリービューティークリニックから出てきた2人の患者は実験台。美醜逆転した彼女たちをパウルは一体どうするつもりなんだ?」


 ネル・フィードのその言葉に対し、エルフリーナは口にかかった黒く、重たい悪魔の錠に、懺悔の鍵を差し込む。


『私たち能力者は6月6日のディストピア創生に向けて、徐々に悪魔の存在を周知する様に言われてた。あのギャルたちも、そのキャンペーンの一環だと思う』


 SEXに狂って死亡する闇ドラッグ『エチエチ』の横行。ちんこを切り取られた多数のむごい死体。世間を震撼させた美女行方不明事件。

 

 隣国プランツで起きた、内臓を抜き取られた死体が貨物列車に轢き潰されるという謎の事故の続発。


 それらは悪魔に近し存在を、世間に広めるように同時に発生。その後、引き続き起きた美醜逆転の脳細胞を移植された人間の出現。


 『これまでとはなにかが違う』


 今回の事案の違和感に、ネル・フィードは気がついた。


「苦痛を与えたいのなら、脳細胞の移植後、顔を歪める必要はない。そうは思いませんか?」


「確かに矛盾してますよね。美醜逆転なんですから、美人にされた方がショックなはず……」


 2人の会話を聞きながら、エルフリーナの頭によぎる最悪のシナリオ。吐き気がするほどに悲しい地獄の結末。


『おじいたま、テレビつけてみて。ニュース……』


「なんじゃ? ニュースか?」


 時刻はちょうど夕方のニュースの始まる17時30分。ペッケはリモコンを手に取った。


 ピッ


『本日のトップニュース。ルベリンのアーキヴァハラで、若い女性の謎の飛び降り自殺が多発。計13人が死亡しました』


「こ、これって、ネルさんっ!」


「なんてことだっ!」


『ある目撃者の証言によると、歪んだ顔の女性が手鏡で自分を見てうっとりしていたかと思うと、突然その顔が絶世の美女になり女性は発狂。叫びながら窓から飛び降りた。とのことです。警察は……』


 あまりの悲惨なニュースに、その場の全員が息を飲んだ。

 

「1度ハイにさせてから一気に地獄に突き堕とす……とんだ顔面時限爆弾だったわけだっ!」


『美しくいたいって思うことが罪だとでもいいたいのっ? 整形して自信を持って生きちゃいけないっていうのっ!?』


「リーナ……」


 見た目の美しさに囚われ、憧れていた自分も、能力者になっていなければ彼女たちと同じ運命を辿っていたに違いない。


 恐怖と怒りと自己嫌悪が折り重なり、エルフリーナの心に今まで感じたことのない鈍い痛みが込み上げる。


『私も自分の腐った価値観で人をたくさん殺した。どの口が言ってんの? って思うかも知れないけど……』


 アイリッサは涙ぐみうつむくエルフリーナの肩に手を回し、優しく抱き寄せた。


「誰も可愛くなりたいと思えない。自由に生き方を選べない。そんな窮屈な世界は嫌。絶対に阻止しよ。ね?」


『お姉たま……』


 自分だけが美しい世界。


 自殺した13人は、この世の全ての宝石を手に入れたような優越感に浸っていたに違いない。幻想は突然終わりを迎え、絶望に襲われた彼女たちは自ら命を絶った。


 女性の美に対する尽きない欲望。


 小濱宗治の美醜逆転脳を使い、実験と称し、乙女心をもてあそぶように殺す。愚行に手を染めた美のエキスパート、エミリー・ルルー。それを裏で指示した獅子ヶ辻空白。


 今、この瞬間にも何かを起こそうと悪魔がうごめいているに違いない。ネル・フィードは冷静さを欠くことがないように焦燥感を押し殺す。


「パウル……っ!」


 ピロロロロ! ピロロロロロ!


 一同が組織に怒りを覚える中、エルフリーナのスマホがけたたましく鳴り響く。まるで、その場に充満した組織に対するわずらわしい感情を蹴散らすように。


 彼女は、恐々と発信元を確認した。















『メ、メルデス神父……っ!』

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