第425話 沈鬱のネル・フィード

 グイグイくる怪しげな男ネル・フィードに、かなり引き気味の超シスコンのレオン。小学生の時以来の愛する姉とのチョメチョメは譲れない。


「ちょ、待てよっ! 僕は姉ちゃんと話してんだからっ! 離れろってーっ!」


「す、すみません。つい、がっついてしまいまして……お恥ずかしい」


 ネル・フィードは我に返り、顔を赤くして頭をポリポリ。レオンはその邪魔な男をひらりとかわし、愛する姉の顔を覗きこむ。


「で? 姉ちゃん♡ どうする? 聞きたいよねーっ?」


 アイリッサは陰謀にまみれた弟のいやらしい笑顔に身震いしつつも、にっくきネオブラの尻尾を掴む為、覚悟を決める。


「分かった。教えてちょうだい」


「僕のお願いはキス。絶対に聞いてもらうけど、それでもいいんだね?」


「分かったから……早く教えて」


 レオンは勝ち誇った表情でペッケの作業台に座り、舌舐めずりをした。


「しょうがない。では教えてあげましょう。ふふふ。あーはっはっ!」


『あっ! レオンたま! チャック全開っ♡』


「えっ? だ、だああーっ!!」


 ヂーッ!


 レオンは全開のチャックを素早く閉め、女の子の様なスラリと細い足を組んだ。


「よ、よーく聞けよ。僕が今日、大学で聞いた話だ。小濱宗治はなんと、入院した日の夜に突然いなくなってしまったらしいんだ」


「えーっ? そうだったのーっ? 小濱ちゃん、ズタボロだったのにっ!」


「彼は間違いなく重体だった。指一本動かせなかった。何者かが連れ出したと考えるのが自然でしょう」


 レオンは驚く2人を冷めた目で見ながら、机上のペンを手に取り、器用にクルクルと回し始めた。


「それが違うんだなー。小濱宗治はさ、自分の足で夜中に歩いて出て行ったんだ。カメラに映ってたらしいよ」


「そんな馬鹿なっ! あんな状態でっ……!?」


 そのネル・フィードの冷静さを欠く発言を、落ち着き払ったエルフリーナが切れ味鋭く一刀両断する。


『ゼロさん、あっちにもお姉たまの元気ボールみたいのを使える人間がいるって可能性……なくない?』


「そ、そうか。その可能性は確かにあるな……」


 エミリーとの戦いで何もできなかった自分の不甲斐なさが焦りとなり、大幅な想像力の欠如を招いていた。


 ネル・フィードは、誰にも気づかれないように歯を強く食いしばった。


「レオン、小濱ちゃんの行方は?」


「自宅には戻っていなくて、完全な行方不明なんだってさ」


「そっか。ありがとう、レオン。貴重な情報を教えてくれて」


「いえいえ、礼には及びませんよ♡ じゃあ、約束どおり、僕のお願いを……」


 チュッ!


「これでよかった?」


 アイリッサは一直線にレオンの唇にキスをした。その場の全員が驚いた。


「ね、姉ちゃん、えっ、えっ? 嘘っ? は、はや、早すぎて……」


「はいっ! じゃあ、さっさと自分の部屋に戻りなさーいっ!」


「は、はいーっ♡」


 興奮し、有頂天のレオンは、愛する姉が一体何に巻き込まれているのかを確認したかったのだが、その姉に部屋から押し出され、大人しく2階の自分の部屋に戻らざるを得なかった。


 アイリッサは半分やけになっていた。ネル・フィードへのやりきれない気持ち、届かない想いが、そうさせたのは言うまでもない。


「小濱君の行方……気になりますね」

(弟の口にキスっ? ありえない……! にゃにゃにゃない……! トゥモロネバダーイッ!)


 愛するアイリッサの実の弟へのキスを見て、沈鬱のネル・フィードは、さらに追い討ちをかけられる様に心を掻き乱されていた。


 そんな事とは露知らず、何事もなかったようにスマホを翳すアイリッサ。


「で、次は誰を見ます?」


 神妙な面持ちのエルフリーナが気になるのは、もちろん今後最大の障壁となりうる存在。


『お姉たま、Judgmentの可能性のある2人の人物像に迫りたい』


「分かった。見てみよ」


 アイリッサはJudgmentと思われる人物のひとり『セレン・ガブリエル』とエミリー・ルルーのLINEのやり取りを確認する事にした。

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