エロジジイ再び ペッケ編

第416話 エミリーのスマホ

 エルリッヒが去った雑居ビルの屋上。僅かに残っていたエミリーが展開した凍結領域は、術者を失い、崩壊し始めた。


 ガシャ、ガシャン……!


 いくつかの氷柱つららが、落ちて砕けた。


 そんな音ですら、今のミロッカには気に触る。もはや、己のアイデンティティーのクラッシュノイズ。


『ちっ! あー腹立つなあっ!!』


 ゴオウッ!! プシュンッ!


 物言わぬ、冷え切ったエミリーに向け、立腹のミロッカは、灼熱のダークマターの刃を突きつける。


『ま、待ってえ───っ!!』


 先程まで、階段室の陰で戦況を見守っていたエルフリーナが、血相を変え、慌てて飛び出した。


『なに? お別れのキスでもしたいわけ? あんたレズ?』


『違うよっ! ス、スマホ! エミリー・ルルーのスマホっ!』


『うるさいな。それが、どったの?』


『もしかしたら、何かすごい情報が隠されてるかも知れないッ!』


『それは面白そうだけど、絶対ロックかかってるって』


『指紋だよっ!』


『ん? 指紋認証?』


『そうっ! だから消す前に! 指紋でロック解除できるかだけ、確認させて欲しいのっ! だめっ?』


 エルフリーナは、懇願する。


 数秒の沈黙。










『ええやん! 面白そうやん!』


 先程までご立腹だったミロッカだが、いたずらっ子のような笑顔でエルフリーナの提案に同意。燃え盛るダークマターを一旦引っ込めた。


『お姉さん、ありです!』


『で、そのスマホはどこなんよ?』


 エルフリーナがエミリーが脱ぎ捨てた白衣のポケットの中を探ると、最新機種のiPhoneが出てきた。


『これっ! です』


 ミロッカはスマホを受け取ると早速電源を入れ、指紋認証でのロック解除に取り掛かる。


 その瞬間目に入ったのは、エルリッヒが引きちぎっていったエミリーの右の人差し指。まさかと思いながら、ミロッカは一本、一本確かめていく。


『うわ……マジか、あんにゃろー』


『ダメ、ですか?』


 残った9本の指、どれをかざしてもロックは解けなかった。鍵となる右の人差し指を、偶然か否か、エルリッヒは持って行ったのだ。


『はい。残念でしたー。私も見たかったけど、パスワードで解くのは非現実的だしねー。はい、あげるー!』


 ポイッ


『おっと! そ、そうですね……』


 スマホで遊べなかったミロッカは、再び表情をこわばらせ、威嚇する獣のような低い声を発した。


『あんたが見た私に関する記憶は、いち早く消すことだ。誰かに喋ったら、すかさずぶっ殺す。分かったね?』


『わ、分かりました!』


『私は戻る。愛するマギラバの中に。今にも目を覚ましそうだからね』


『えっ? 中に戻る?』


『ドリーム・マニュピレーション!』


 ギュアアッッ!!


 シュンッ!!


『き、消えた! ゼロさんの中に入っていったように見えたけど……ふ、不思議……』


 30秒後、ネル・フィードとアイリッサが目を覚ました。突然冷凍されたふたりは、状況がまるで把握できない。


『た、助かったのか……? エルフリーナ、君が、あのエミリーを?』


『えっとー、うん。勝ちました!』

(あのヤヴァいお姉さんのことは、本気で忘れた方がよさげ……)


 ネル・フィードは複雑な思いを胸にダークマターを体内に吸収。マギラバ化を解除した。


 しばらくして、体が温まってきたアイリッサは元気ボールを使用。皆、完全回復。事なきを得た。さらにアイリッサはあることに気づいた。


「リーナ、変身 解けないじゃん。残り10分って言ってたよね?」


『天使の力、元気ボールのおかげかな? 全然戻る気がしないよ♡』


「なにか起きるんじゃないかと思ってたけど、そう来たか。ぷひぷひ」


 そして、アイリッサはもうひとつの とっても恥ずかしい事実を告げる。告げない訳にはいかなかった。


「ネルさん」


「はい? なんでしょう?」


「あのー、下半身が結構なレベルで丸出しなんですけど……」


「……んんっ? んあああー!!」


 エミリーとの激戦の最中は必死で指摘できなかったのだが、ネル・フィードの衣類はエミリーに凍らされ、かき氷のように粉々に砕かれた際に、なくなっていた。


『あははは! ゼロさんのすごーいっ♡』


「ぷひっ……?」

(やっぱり?)


「ふ、服をお願いします! 早く買ってきて下さいー!」


 ネル・フィードは顔を赤くして股間を隠しながら、大急ぎで物陰に隠れた。


「適当に買ってきますよ。待ってて下さい。行くよ、リーナ」

(こいつら、確定……!)


『私も? はーい! お姉たま♡』


 アイリッサのネル・フィードへの恋心は、確実に冷めつつあった。

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