第413話 Help me

「それでは、エミリーさんの洋服を買ってきます。それまでにやるべき事をやっておいて下さい」


『了解。花柄ワンピでお願いね!』


「もちろん。分かってますよ」


 エルリッヒは、私の服を買いに屋上を後にした。階段室の裏に隠れているエルフリーナが、彼に見つかるんじゃないかと怯えているのがよく分かる。


 エルリッヒが、裏切り者を放置する事はない。後でじっくり痛ぶって殺してやるから。そこで待ってなさい。


『でもっ、その前にっ!』


 ジャキイッ!


 拳を強く握ると、甲の部分から鋭い鉤爪かぎづめが4本飛び出した。これで、あの女の脳みそも、めんくり玉も、臓物も、全部ひきづり出してミンチにしてあげる。


『爪こっわっ! きもーっ!』


 このミロッカという女。やたらと舐めた態度をとるくせに、決して警戒は怠らない。それどころか、私を殺す隙を0.1秒単位で狙っている。


 Judgmentの私を、一度は丸焦げにしたんですものね。化け物なのはお墨付き。でも、パウル様のお作りになった究極体を愚弄する事は許されない。


『この美しい姿になれるのは選ばれし人間のみ。Judgmentジャッジメントに与えられた特権なの』


『その姿が美しい? 不気味というか無様じゃね?』


 無礼な女。少しは口を慎みなさい。


『この腐敗しきった世界は、パウル様の寛大で、壮大で、偉大な、唯一無二のお力により、新たな時を刻み始めるの』


『あっ! 私、そのパウルって馬鹿そうな人に、めっちゃ興味あるかも知んないっ!』


 この女、やはり無礼極まりないッ!


『あのお方を呼び捨てにするなあああ──────ッ!!』


 ギャンッ!! ギャンッ!


 ギャンッ! ギャンッ!!


 私の鉤爪が空気を切り裂くっ! なんというスピードッ! もはや空間までをも切り裂いているうッ!


 ザクウッ!!


『うが、うっ!!』


 あはははッ! さすがにこのスピーディング・ヴァイオレーションにはついてこられないようねえっ! 顔が必死な猿になってるわっ! さぁ、足掻けっ! 足掻いてみろっ!


 ギュアア─────ッ!!


暗黒次元・一閃ダークディメンション・スラッシュッ!!』


 来た来た。愚かなり、ミロッカっ!


究極毒針尾の一撃ヴェノム・テイル・ストライクッ!!』


 ドウンッ!!


 ニュルンッ!! グサァ!!


『っぎゃあ────っ!!』


 あはははッ! そんなナメクジみたいなとろい攻撃、私には届かないわっ! あなたが馬鹿にしたこの尻尾の毒針で、両腕を串刺しにされた気分はどうっ?


『うっ、毒か? 意識が……くそミューバが……』


 ドサァッ!


『結局、パウル様の与えて下さった力の前では、ダークマターといえども拍子抜け。赤子同然というわけね』


 なんという高揚感。からの優越感。


『あ、あんたたちは……何がしたいの? 宇宙の理なんて……ミューバ如きに変えられるわけがっ……!』


 まだ意識があるっ? さらに我々人類をそこまで見下すとは、なるほど。


『やっぱりあなたは異星人。しかも、かなりのハイカテゴリー。でも残念。私達はさらにその上、アウトオブカテゴリーなの』


『わ、笑わせる……どんなおもちゃを手に入れたかは知らんけど……身分に釣り合わない力を、落とし込んだ体は……やがて暴発する……』


 はあっ? ごちゃごちゃうるさいわ。まさか、この隙に解毒っ? リカバリーなどさせはしないっ!


『脳みそもっ! 心臓もっ! ぐちょぐちょのミンチにしてあげるっ! 覚悟しなさいーッ!』


 ドンッ!! グサァッ!!


『おげぇっ!!』


 ザクザクッ!!


 ブシャァアアッ!!


 脳みそグリグリ。素敵な感覚だわ。子生意気な女だったけど、これで最低だった気分が晴れたわ。晴れ渡ったわぁー。さらに、虹まで架かったわ。


 私は、口の減らないダークマターを操るボケた異星人の体を、鉤爪でぐちゃぐちゃに引き裂き、かき混ぜ、ミンチにした。


 ひき肉ですっ! 言っちゃった。


『これも、冷凍して持っていく事にしましょう。パウル様がお喜びになるに決まってるし♡』


 さてと、後はエルリッヒが戻ってきたら変身を解いて、愛する花柄のワンピースを着て、使えないエルフリーナも殺さなくちゃいけない。


『早く来ないかなぁ。エルリッヒ』


 ぐちょぐちょ……


 私はグチャグチャになったミロッカの肉片を、鉤爪で遊ぶようにかき混ぜながら、エルリッヒを待った。


 ガチャ!


「エミリーさん、買ってきました」


 エルリッヒが、花柄ワンピの入った紙袋を持って戻ってきた。


『待ってたわ』


 シュウウウウ……!


 私は究極の人類ハイミューバ化を解いて、元の人間の姿に戻った。素晴らしい体験をした。本当なら戻りたくはない。


 しかし、長時間の究極の人類ハイミューバ化は、肉体への負担が大きく、肉体の崩壊フィジカル・クラッシュを引き起こすから仕方がない。


「さっ、エミリーさん、着て下さい」


「ありがとう」


 


 ボトリッ! ガサッ!




「な、何っ? 何がっ!?」


 地面には、伸ばしかけた私の手と、花柄ワンピの入った紙袋。なんでっ? 手だけじゃないっ? 体全体が溶け始めてるっ!!


 ドロドロッ! ボタリッ!


 ボタリッ! ボタリッ!


「ちょっ! エルリッヒィッ!! 助けてよおッ! なんでっ? なんで私の体が溶けるのぉーっ!?」


「なるほど。あなたにはまだ、あのカプセルは早かったようですねぇ」


「そんなっ! 嘘よっ! 私は選ばれたのよっ! Judgmentなのよぉっ! い、いやあーっ!!」


 ドロッ! ボタボタボタッ……!


「エミリーさん。あなたは実に……運が悪い」


 ボチャボチャ……ジュウゥッ!


「た、たすけ……パウル……様ぁ!」


 ありえないっ!!


 この美しい私がっ!!


 醜く溶けて消えるなんてっ!!


 いやああああ───────っ!!


 助けてぇえええ──────ッ!!


 あ、ああ……ああ……あ、あ

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