第412話 究極の人類

 瞬く間に細胞が活性化し、美しさを取り戻したエミリー・ルルー。先ほど口にしたカプセルが、作用したのは疑う余地もない。


 闇のエナジーがみなぎる体を、何かを確かめるようにゆっくりと起き上げる。まとわり付く、灰と化した衣服を、優雅に両手で払い除けた。


「エルリッヒ。本当に素敵なタイミングで現れてくれたわね。愛してるわ」


「それはいいとして。エミリーさん、現在 全裸ですが構いませんか?」


「ええ。になれば生殖器は消えるしね。確かこのビルには、アパレルのお店もあるはず。1着用意しておいてもらえる?」


「分かりましたよ。素敵なワンピースをプレゼントしますね」


『ちょ、ハイミューバって……』


 その、耳障りの悪い単語は、ミロッカの頭の中で、と重なった。その瞬間、彼女の表情は自然と歪み、こわばりだす。


 『ハイメイザー』


 真っ先に、彼女の頭に浮かんだのがだった。


 ハイメイザーは全宇宙の頂点。


 偉大なる創造主とも呼べる存在。他の生命体とは一線を画す為、アウトオブカテゴリーと呼ばれる。


 この第3ミューバでは、自分のスケールを上回る、宇宙の理に関する、前代未聞のバッドプランが動き出している。


 ミロッカのハイスペックな思考は、そこにまで到達。今までの戦闘経験では味わった事のない薄気味悪さが、鳥肌と共に彼女の全身を駆け巡る。


『あ、あんた達は一体……』


 ミロッカが、迫り来る凶事の真相を暴こうと、口を開くのと同時だった。




 ドンッ!!




『うがああああッ!!!!』


 一糸纏わぬ、美しく滑らかなエミリーの肢体が、突如として、その形状を激しく変化させたっ!


 シュウウウ……!


 ガチャッ!


 全身の、ありとあらゆる筋肉が極限にまで発達。鋼鉄化した鉛色の分厚い皮膚がそれを覆う。さらに、毒針付きの醜く長い尾が、トグロを巻き、恐るべき武器としてその背後に潜む。


 言葉なく立ち尽くすミロッカ。


 エルリッヒは、見事に変貌を遂げたエミリーの甲冑かっちゅうの様な肩に手をかけ、恐怖で小刻みに震える小動物を見るような瞳で、彼女を射抜く。


「我々人類は、大きさが同程度ならば、虫にすら敗北するだろう。それ程までに我々は、非力で罪深い存在だ」


『まともな腕力も、優れた能力もない。私利私欲と支配欲に侵された、ゲロみたいな脳が妙に肥大化したのが、あんたらミューバだと理解している』


「だが、ご覧の通りエミリーさんは究極の人類ハイミューバへと進化した。実に神々しいとは思わないか?」


 エルリッヒの恍惚の表情に、ミロッカは今日イチの笑いが込み上げる。


『待ってよ。それが進化? ダッサい尻尾まで生えちゃって。退化の間違いでしょ? きっしょっ!』


「強者にしか立ち入れないエリアに、、君にも是非エントリーしてもらいたかったが、今の弱者的発言を聞いて、その気は完全に失せたよ」


『我々同様? ミューバとダークマターを同列に扱うな。今すぐヘド吐かせて、あの世行きのレースにエントリーさせてやるっ!』


 ギュアアッッ!!


 ミロッカは、さらにダークマターの出力と熱量を引き上げる。それとは逆に、頭の中は冷静かつ迅速に、敵の弱点を探っていた。


『これが、パウル様の理想とする人類の究極体。素晴らしいわあ』


 究極の人類ハイミューバエミリーは、殺気が充満したミロッカの姿を視界に捉えたものの、余裕のたたずまいで、自分の洗練された美しいフォルムと、爆上がりのパワーに酔いしれていた。


 その最中、ひとつだけ気になることがあった彼女は、チラリとエルリッヒを見た。彼は、すぐにそれに気づく。


「顔は可愛いままですよ。大丈夫」


『ほんとっ? 美しいフェイスは、そのままがよかったから。安心したわ』


 ミロッカは、2人がどうでもいい会話を交わしている間に、エミリーの形態から予測される戦闘パターンと、ウイークポイントの検索作業を終えた。


『本当の究極が何かを、しょんべん漏らすまでとことん教えてあげるよ。このダークマターでっ!』


 ギュアアッ! ゴオウッ!


 果たして、究極の人類ハイミューバの実力は、宇宙最強のダークマターを超えてくるのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る