第411話 エミリーの目覚め

 勘違い? いな


 あのタイミング、あの角度。避けようはない。ミロッカは身を持って体感したのだ。


『自分の攻撃がすり抜ける』という本来ならば、誰もが恐怖し、驚く現象を。


 『泰然自若たいぜんじじゃく


 確信の渦の中、彼女は即座にその域にまでメンタルをコントロール。ザコマインドは即座に排除する。


 必要なのは分析と対策のみ。


 ミロッカは混乱しかけた脳細胞に喝を入れつつ、再び小悪魔的に笑う。


『私、運がいいんだ。超ラッキー』


 そんな彼女に対抗するように、エルリッヒはニヒルな笑顔であるタイムリミットが近づいていることを告げる。


「あと1分もしないうちにエミリーさんは目を覚ますだろう」


『それが、なに?』


「君はその時、『究極の人類』の姿を見ることになる」


『は? 究極の人類?』


 エルリッヒはゆっくりと眼鏡をはずし、上着のポケットから気品漂うピンク色のハンカチを取り出してレンズを拭く。


「君は異星の者だね。分かるよ」


『あんた、そんなことも分かるんだ』


「君のその清々しい程に殺気立つオーラを見れば、誰にでも分かるかも知れないね」


『なら、私の強さも残酷さも、分かるよね? あんたもすぐにぶち殺す!』


 ミロッカは威圧的な口調でそう言いながら両拳に力を込める。それに対し、エルリッヒは難解な証明問題をあっさりと答えるようにさらりと言いきった。


「君に僕を殺すことはできない。いや、誰も僕を殺すことはできない」


『馬鹿じゃないの。なんて私は言わない。真摯に受け止めてやんよ』


 この男は完全なる余裕の下で、平然と真実のみを語っている。ミロッカは暴れ出したい衝動を抑え、冷静に今の状況を分析していた。


 エルリッヒは眼鏡を軽くかけ直し、ミロッカの全てを見透かすようにじっとみつめた。


「冷静じゃないか。Judgment をここまで痛めつけた実力は伊達じゃないという訳か」


 まるで、自分の深層に隠された謎ですら解き明かしてしまいそうな男の不思議な目の輝きに、完全に気を取られていたミロッカは、足元のエミリーの急激な変化に気づくのが遅れた。


『……はっ!』


 髪も服も皮膚も、見るも無惨に炭化たんかしていたはずの彼女は、すっかりその瑞々しい美貌を取り戻していたのである。


「う……」


「さあ、エミリーさんのお目覚めだ。もう、君には太刀打ちできない」


『そうは思わない……!』


 エルリッヒは美しい銀髪をかきあげ、ミロッカに告げた。


「この国では安楽死は容認されてはいない。故に、ワンショットキルはない。それなりの時間、それなりの地獄を味わうといいだろう」


『ざっけんなっ……!』



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

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