第410話 キモいんですけど
ドアを開け、戦場と化した雑居ビルの屋上に現れたのは男だった。
ミロッカは深く息を吸い込み、込み上げる戸惑いを内に秘めつつ、その男を殺気に満ちた瞳で睨みつけた。
コツ、コツ、
「エミリーさん。だめじゃないですか、あなたがそんなことでは……」
高級ブランドのスーツに身を包んだその男は、オフィス街を歩くのとなんら変わらない歩幅と歩調で横たわるエミリーに近づいていく。
それは同時に殺気だったミロッカに近づいているということでもある。もちろん、男はそれも分かっている。
その悪夢の様な光景を階段室の裏に隠れていたエルフリーナは、驚きと共に静かに見守っていた。
彼女はその男を知っている。
そう、彼の名は……
『ハンス・エルリッヒ』
『ここはさ、サラリーマンのおじさんが気安く立ち入ってきていい場所じゃないんだよ。殺すよ?』
「それは申し訳ない。失礼したね」
高圧的な態度のミロッカに、エルリッヒは
「私はこういう者……」
ボウッ!
『あんたはさ、私の話をちゃんと聞けよ』
その名刺はミロッカの手に渡る前に一瞬で灰になった。
「エミリーさん、大丈夫ですか? 目を覚まして下さい」
エルリッヒはミロッカの存在を打ち消すように、今にも命の火が消えてしまいそうなエミリーに優しく呼びかけた。
「ご、ごほっ! エ、エルリッヒ?」
「そうですよ。こんにちは」
「な、なんで、あなたがここに?」
「このビルには僕の愛するメイドカフェがありましてね。今日はちょうどご帰宅する日だったんですよ」
「そ、そう、なんにしても助ったわ……」
「あなたは実に運がいい」
エルリッヒは木漏れ日のような温かい微笑みを浮かべた。
そんな2人の生ぬるい会話に、完全無欠の殺意の
『はい、残念。あんたにもその女にも絶望に染まったあの世の絶景を今すぐ堪能させてやるよっ!』
ミューバにそぐわない力を持つ者の存在に、吐き気にも似た感覚がミロッカの心中を襲い始めていた。
間違いなく、今この2人をここで始末する必要がある。今までの経験、膨大なデータ、強者の勘、その全てが1ミリの狂いもなく自分にそう告げる。
「エミリーさん、これを」
標的を一発で撃ち殺すスナイパーの域に達したミロッカの研ぎ澄まされた殺意。エルリッヒはそれを完全に無視。しゃがみこみ、焼け焦げたエミリーの口元へ一粒のカプセルを近づけた。
『消えろぉっ!!』
ミロッカは頭を粉砕する勢いで、彼の顔面に重く鋭い蹴りを繰り出した。
スカッ!!
『んなっ? なんだとっ!?』
確実に捉えていたはずの男の頭部。にもかかわらず、彼女の一撃必殺の蹴りは無情に空を切る。
コクッ
「はあ、はあ……」
エミリーは力無くカプセルを飲み込むと、すぐに意識を失った。
エルリッヒはそれを見届け、やれやれといった感じで立ち上がると、ずれた眼鏡を直し、狂想のミロッカとついにまともに向かい合う。
「君も実に運がいい」
『あんた、キモいんですけどっ!』
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