謎の美容外科医 エミリー編

第395話 エミリービューティークリニック

「お姉たま♡ 頭なでてー♡」


 完全にマリーはアイリッサの虜となり、離れようとしなかった。最初こそ困り顔だったアイリッサだったが、あんなにきつかったマリーの表情が、まるで赤ちゃんの様にかわいくなったのを見て嬉しくなった。


「よしよし。いい子だねー♡」


「きゃははっ! もっとしてー♡」


 ネル・フィードはそんな2人の姿を見て心が温まった。そして、入室して3時間が経過。退室する時間となった。


「外に車椅子はあるんだね?」


「うん」


 ネル・フィードがマリーをお姫様だっこして部屋を出た。受付の出っ歯は、2人で入ったはずなのに3人で出てきたネル・フィードたちに驚いていた。


「あれあれ? どゆこと? あ、あざーしたーっ!」


 ウイン!


 時刻は夕方の4時。コットンラビッツに入る時は、まさかエルフリーナと共に出てくるとは思っていなかった。


 命懸けの戦いではあったものの、心を通い合わせ、マリーに愛を感じさせることができた喜びと満足感が、ネル・フィードの中にはあった。


「ゼロさん、車椅子はあのクリニックの裏にとめてきたの」


「分かった。いきましょう」


 信号を渡り、クリニックの前までやって来ると、マリーのネル・フィードを掴む力は自然と強くなった。


「私ね、何回もここに来ようと思って、お金を貯めてたんだ」


「え? ここのクリニックに?」


 ネル・フィードは、改めてクリニックの看板をよく見た。



『あなたの美 約束します』


『エミリービューティークリニック』



「ここは、美容整形じゃないか」


「うん。かわいくなりたかったの。エルフリーナみたく……」


 それを聞いたアイリッサは、マリーのほっぺを優しくつまんだ。


「マリー、女の子はね『かわいい』って言われてると自然とかわいくなっちゃうものなのよ」


「お姉たま、ほんと?」


「本当だよ。その為には笑顔でいるのが1番なの。マリーのお母さんはきっと、それを言いたかったんだろうね」


「お母……さん」


 ウインッ!


 その時、クリニックから2人組の女が意気揚々と出てきた。


「あーしら、めっちゃかわいくなったよねー! これでモテ確ーっ! ぎゅふふふふっ!」


「ぶほほほっ! だよねー!」


 3人は驚いた。クリニックから出てきた女の顔が、完全に歪み、醜くかったからだ。目は飛び出し、鼻はひん曲がり、口は半開きでよだれが溢れていた。


 にも関わらず、露出多めのセクシーな格好で、その2人は喜んで街に繰り出していったのだ。


「今の人たち、おかしくない?」


「うん。私よりブス……」


「人は見た目ではないが、あれはどう見ても普通じゃない」


 3人が怪しげなクリニックの中を覗いていると、1人の看護師が笑顔でやって来た。


「こんにちはー。今日の診療はもう終わりなのですが、何かご相談でも?」


 ネル・フィードは、あまりに感じ良く話しかけてきた看護師に違和感を感じずにはいられなかった。


「い、いえ、ただ、先ほど出てきた2人の女性の顔がゆがんで……」


 ネル・フィードのその一言に、看護師の笑顔は一瞬で消えた。


「美の判断基準は人それぞれ。あなたの物差しで測ってはいけないのです。測るべきではない。違いますか?」


「そ、そうです……ね」


「では失礼します」


 ガチャ


 シャーッ!


 看護師は自動ドアの鍵をかけ、カーテンを閉めて院内へ戻っていった。アイリッサは嫌な予感がした。


『美の判断基準は人それぞれ』


 看護師の言ったその一言が、あの時の戦いを思い起こさせた。


「ネルさん、私、なーんか あの人のことが頭に浮かんだんですけど……」


「私も彼のことが頭をよぎりました。美醜逆転の闇の能力者、小濱宗治が!」


「で、ですよね? やっぱり」


「よくは分かりませんが、何かが起き始めているのかも知れませんね……」


 ネル・フィードにいだかれながら、2人の会話を黙って聞いていたアンネマリーは、なんとも言えない胸騒ぎを感じていた。

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