第391話 断末魔

 リビングに向かい飛んでいったテンメツマルを警官2人が追いかけていった。負傷した警官はお腹を抑えながら救急車を呼んでいた。ヤヴァいお母さんは太腿からたくさん血が出ていた。


「アイリッサまで……お母さんを……裏切るの……? なんで……?」


 ヤヴァいお母さんの目から涙が溢れ落ちた。その涙を見ても、私はなんとも思わなかった。


「あなたはもうお母さんじゃないもん。ただのヤヴァい人だもん」


 私がそう言うのと同時に、そのヤヴァい人は意識を失った。


「ぎゃあーっ!!」


 パンパンパンッ!!


 警官の悲鳴と銃声。もう嫌な予感しかしない。普通なら逃げる筈なのに、私は何故かリビングへ向かい廊下を歩いていた。体が熱くなり、不思議と恐怖が薄らいでいく。


 リビングを覗き込むと、そこには呆然と立ち尽くすお母さんがいた。足元にはテンメツマルに血を吸われた警官が砂になって散乱していた。


「アイリッサ。エヴァさんは?」


「たぶん、死んだと思う」


「そう」


「お母さん。ネオブラとかもうやめて。自首してよ」


「何を言っているの? 今すぐ教団施設に行くわよ。塾にレオンちゃんを迎えに行かなくちゃね」


「それ、本気で言ってるの?」


 お母さんはお酒に酔ったような顔で私を見つめた。


「神のいない世界。『伝統的規範』や『価値観の壁』の向こう側にある客観的根拠に裏打ちされた世界。私達はそこを目指すべきなのよ」


 お母さんがこんな訳の分からない事を言うのを初めて聞いた。キャンドルの香りの変な成分にやられちゃったんだ。ヤヴァい人になっちゃった。ネオ・ブラック・ユニバース、何してくれてんの。


 私達は普通に暮らしたかったのに。別に贅沢なんてしなくてもいい。お母さんとお父さんがいて、私とレオンを優しく抱きしめてくれればそれでよかったのに。


 それなのに……!




 『私達の幸せを返してよッ!!』



 ピカァッ!!



 感情が高まった瞬間、私の体が光輝き、猛烈に熱くなった。それに反応するように、テンメツマルは激しく震え始め、お母さんの首に突き刺さった。


 グサアッ!


「うげえ────ッ!!」


 あの優しくて綺麗だったお母さんの口から、激しい痙攣と共に恐ろしい断末魔の叫び声が響き渡った。


 ゴクリッ


 ゴクリッ

 

 ゴックンッ!


 シュンッ! ガシャンッ!


 血を吸い終えたテンメツマルは、窓ガラスを割って外に飛んでいった。そして、お母さんは砂になって消えた。


 私の体の光に、テンメツマルは怯えていたように見えた。一体何が起きたのか自分でもよく分からない。


 本当に天使様の守護なの?


 熱い、だるい……


 バタンッ


 私は気を失ってしまった。



































 おい



 


 おいっ





 おいっ! 君






「君っ! 大丈夫かっ?」


 刺された警官が呼んだ救急車が来たんだ。体が動かない。たいして何もしてないのにすごく疲れてる。


 私は担架に乗せられた。視線の先にトンちゃんがあった。私は声を振り絞って指差した。


「あれ、トンちゃんを……持ってく。取ってください……」


 救急隊の人が床に転がるトンちゃんを私の胸元に置いてくれた。


「トンちゃん、トンちゃん……」


 冷え切ったトンちゃんを抱えた私は、救急車で病院へ運ばれた。













 私の実の母であるエヴァ・リリエンタールは出血性ショックにより死亡。父 ラルフ・エーデルシュタインと母 レイナ・エーデルシュタイン、そして警官2名は砂混じりの衣類のみが確認された。


 奇妙な人体消失事件として扱われたが、私と負傷した警官の証言により、数日後、全員死亡と認定された。


 両親をいっぺんに失った私と弟のレオンは、その後、祖父母の家で暮らす事になった。

 

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