第388話 テンメツマル

 私は床に転がったトンちゃんを拾い上げ抱きしめた。なんの反応もなく、徐々に冷たくなっていった。私は大切な友達を失った。その場で力が抜けてしまい、トンちゃんと一緒に床に横になって半分寝てしまった。


 新しいお母さんがお父さんの会社に電話してるのが聞こえる。お父さん、来ちゃだめ。だけど、早く来てなんとかして。もーなんだかよく分からない。


 大人って面倒くさい。特に男と女ってのはこれだから嫌。私は彼氏もいらないし結婚もしない。決めた。


 新しいお母さんとヤヴァいお母さんが会話してる。私はその会話を聞きながら完全に眠りに落ちた。


 トンちゃん、ごめんね。


 半年間楽しかったよ。ありがとう。






















 私は目を覚ました。


 でも起きはしなかった。


 寝たフリを続けた。


 明らかにヤヴァい状況だと分かったから。お父さんが帰ってきてる。お母さんに詰め寄られてる。


「私に何か不満があったわけ?」


「ふ、不満なんて、ないよ!」


「じゃあ、この写真の女はなに?」


「そ、それは……あの」


 お母さんの質問に口籠くちごもるお父さん。その2人のやり取りを見て、ヤヴァいお母さんが語り出す。


「レイナさん、この男は女なしでは生きていけないのよ。いろんな女とSEXする事が生き甲斐なの」


「お、お前は黙ってろ!」


「実はその写真はほんの一部よ。他にも数人の女とホテルに行っているわ」


「ほ、本当ですかっ?」


「ほら、ご主人、答えてあげて」


「くっ、エヴァ……お前なんの為にこんな事っ!」


 ヤヴァいお母さんは狼狽うろたえるお父さんに向けて冷たく言い放った。


「私たちのこのやるせない気持ちを昇華させる為、そして新たなステージに進む為よ」


「なんだそれ……くだらない!」


「あなたの妻であるレイナさん。それと元妻である私……酷く心を傷つけられてしまったわ」


「俺だってお前の作ったギャンブルの借金には相当 心を傷つけられたんだがな。それはどうしてくれるんだ?」


 バサッ バサッ


 ヤヴァいお母さんが何かを投げ捨てるようにテーブルの上に置いた。


「な、なんだよ、この札束は?」


「お返しするわ。きっちり350万ルーロ。これで少しは傷が癒えたかしら?」


「こんな金どうやって。お前の稼ぎで、しかもこんな短期間で……」


「もちろん、ギャンブルで取り戻させてもらったわ」


「う、嘘だッ! そんなの不可能だ!」


「なんとでも言えばいい。私は私らしく生きる為にネオブラに入信した。セレン様は言ったわ。私の心にはしこりがあると……」


「そ、それが俺だってのかっ?」


「そうだったのよ」


 ヤヴァいお母さんがそう言った直後、お父さんの恐れおののく声がリビングに響いた。


「や、やめろっ! やめろって!」


 私はゆっくりと薄目を開けた。


 ヤヴァいお母さんの手には鋭利な刃物が握られていた。そして、それをお母さんに手渡した。


「レイナさん。その刃物はネオブラの所有する特別なものなの」


「そうなんですか?」


「ええ。その刃物で刺された人間は血を全て吸い取られ砂になる。そうセレン様は仰っていたわね」


「こ、これが血を吸うんですか?」


「血吸い刀『天滅丸てんめつまる』と、正式には呼ぶらしいわ」


「テンメツマル? 変わった名前ですね」


 血を吸うという刃物を手に会話をする2人。あまりの恐怖で体温が下がった私は、震えを抑えるのに必死だった。

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