第387話 ヴィトン13世 vs エヴァ
私はヤヴァいお母さんの言う『けーもー』の意味が分からなくてトンちゃんに聞いてみた。
「トンちゃん、けーもーってなに?」
ピポッ
『
「き、聞いてもよく分かんないっ」
『啓蒙なんて分からなくても問題ない。ぷひー』
「トンちゃん、あなた賢いのね」
ヤヴァいお母さんのその一言に、トンちゃんが噛み付いた。
ピポッ
『ここの家族は幸せに暮らしてる。それを壊すことは許されない。お前は帰れ! 邪魔だ! ぷひー!』
「ちょっ! ト、トンちゃんっ!」
私は慌ててトンちゃんの顔をお股に押し当てた。だって、相手はヤヴァいお母さんだ。トンちゃん相手にもムキになりかねない。そして、私のその予感は当たってしまうのだった。
「くそぬいぐるみが言うじゃない。アイリッサ、それをテーブルの上に置きなさい」
「ト、トンちゃんを?」
「そうよ。トンちゃんをテーブルの上に置きなさい。早く」
ヤヴァいお母さんの目は、私の股間に埋もれるトンちゃんを光なく見つめていた。
「も、もう充電が切れそうだから……あの……」
私はヤヴァいお母さんにトンちゃんを近づけたくなかった。嵐が起きる気がしてならなかった。隣で新しいお母さんは未だに俯いて震えてるし。
「置きなさいッ!!」
「は、はいー!」
ぽふっ
私は仕方なくトンちゃんをテーブルの上に置いた。ヤヴァいお母さんと向かい合うトンちゃん。
「ねえ、トンちゃん」
ピポッ
『気安く呼ぶな。ぷひー』
「生意気な口を聞くじゃない。どこの会社の製品よ。ろくなもん作らないわね」
『お前よりはマシ。アイリッサは行きたくないと言っているんだからもう用はないだろ? ぷひー』
「ヴィトン13世さん、私とレイナさんの話を聞いてたでしょ? 用があるのはアイリッサだけじゃないのよ」
『聞いてたよ。どうやら元旦那にも用があるみたいだな。何を企んでるんだ? ぷひー』
ヤヴァいお母さんはアロマキャンドルの火でタバコに火をつけた。
「ふっー……ある意味、私は救世主なのよ。負の連鎖を断ち切りに来たんだから」
ピポッ
『自己満足もいい加減にしろ。お前のやってるのは完全な破壊行為。生み出すのは
「あなた、失礼ね」
『僕はここが気に入っている。居心地がいいんだ。それを壊そうとする奴は誰だろうと敵と見なす。ぷひー』
「敵ねぇ。ふっー……」
アロマキャンドルの甘い香りにタバコの苦いにおいが混ざる。
『ネオ・ブラック・ユニバース、そんなカルトに所属した時点でお前は終わってる。そんな事も分からないくらい今のお前はイカれてるんだ。ぷひー』
「ネオブラはこの世界を、宇宙をも変えようとしているのよ。セレン様のしようとしている事は凡人には到底考え及ばない。勿論、おもちゃのあなたにもね」
ピポッ
『ネオブラの理念『アウフヘーベンによるペシミズムからの脱却』は分からなくもない。だが、悲願としている人類のハイメイザー化とはなんだ? 答えろ』
「ただのChatGPT内蔵のおもちゃにそこまで話してあげる必要はないわね」
ガシッ!
ヤヴァいお母さんはトンちゃんの頭を鷲掴みにした。
「確か明日は……危険物のゴミの日だったわよね?」
『離せっ! ぷひー!』
「やめてよっ! お母さんっ! 乱暴にしちゃだめっ!」
私の制止を無視して、ヤヴァいお母さんはトンちゃんを壁に向かって思い切り投げつけた。
ガンッ!
「うわーっ! トンちゃんッ!!」
『ぷ、ぷひ、ぷひ、ぷ……アイリッサ……警察……』
ピー!
プツ……!
トンちゃんは高性能のおもちゃ。だから衝撃にはとても弱い。あんな強く壁に投げつけたら1発で壊れちゃうに決まってる。
「さあ、レイナさん! いつまで震えてるのよ。現実を直視して! 私と貴方の共通の敵はあの男なんだから」
新しいお母さんがゆっくりと顔を上げた。その顔は別人とも呼べるものだった。
「エヴァさん。ありがとうございます。今から主人に電話をして帰ってこさせます。きちんと説明してもらわないと納得できませんので」
私は頭がクラクラしてきた。何かが始まるようで終わるような変な感覚だった。
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