第383話 ブラックキューブ

 新しいお母さんとの生活が始まって半年が過ぎた。信じられないくらい穏やかで幸せな日々。ずっと続くと思っていた。


 そう、あの日が来るまでは。


 ピンポーン


 お父さんは仕事、お母さんはお買い物、レオンは塾、私はゲーム中。今、家にいるのは私だけだった。


「もー、誰? いいとこなのにッ!」


 私はイラつきながらインターホンのモニターを見た。


「え? お母さんっ!?」


 映っていたのは前のお母さんだった。私は急いで玄関に行き、ドアを開けた。


 ガチャリ


「アイリッサ、久しぶり」


「どうしたのー? 今、私しかいないよ。お父さんに用なの?」


「そそ。今日ね、ここで会う約束をしてたの。じゃあ中で待たせてもらおっかなー」


「うん、分かった。あがって!」


「お邪魔しまーす」


 私はなんの疑問もなく、お母さんを家に上げた。そして私はスプラトゥーン3の続きをやることにした。


「アイリッサ、相変わらずゲーム好きだね。1日1時間、守ってる?」


 前のお母さんはゲームがあまり好きじゃなかった。だから一緒にやることもなかったし、1日1時間が約束だった。


「もうね、ゲームは何時間やってもいいんだって。この前の日曜日もみんなで1日中 桃鉄やったよー」


 私はわざとゲーム画面から目を離すことなく言った。やっぱり新しいお母さんの方が好きだ。そう思った。


 私がお母さんのことを半分忘れてゲームに夢中になっていると、後ろで妙な音がしていることに気づいた。


 カシャカシャ、カシャリ


 私はゾッとして振り返った。


 その音の正体。それはルービックキューブだった。でも、お母さんの手にしていたそのキューブは真っ黒。私の知ってる6色のものではなかった。


「お母さん、なにそれ? ルービックキューブなの?」


 カシャ


 キューブをかき混ぜるお母さんの手が止まった。そして、私を見た。


「アイリッサ、この世界のすべての色を混ぜると何色になると思う?」


「……分かんない」


「んふふ。黒になるのよ。このキューブみたいなね」


 続けてお母さんはバッグから瓶を取り出した。瓶の蓋を取ると、それはアロマキャンドルだった。


 カチッ


 テーブルの上のキャンドルに火が灯った。部屋に広がる甘い香り。


「すごい、いい匂いっ!」


「んふふ。そう?」


 カシャ


 お母さんは再び不気味な黒いキューブをかき混ぜ始めた。そして過去に見たことのない笑顔で言った。


 カシャ、カシャリ!


「実はお母さん、つい先日モライザ信者をやめたのよ」


「モライザ教をやめるっ? そんなことありえるの?」


「今はネオ・ブラック・ユニバースの信者なわけなのよ」


「えっ!? 嘘っ?」


『ネオ・ブラック・ユニバース』


 私は聞いたことがあった。はっきり言ってヤヴァいやつ。お母さんはブラックキューブを丁寧にテーブルの中央に置いた。


 コトッ


「私はね、アイリッサを連れて帰ろうと思っているの。嫌かな?」


 私は部屋に漂うアロマキャンドルの甘い香りが、だんだんと気持ち悪く感じてきていた。

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