第372話 フェロモン

 ポンッ!!


 私は体の大きさを元に戻した。


「エルフリーナ氏、こっちの部屋にお願いします」


 ガチャリ!


 キイイ……


 パチッ!


 メルデス神父は、鍵付きの部屋のドアを開けて、ライトを付けた。


 部屋には真っ黒なカーテン。特に何もなく、椅子だけが5脚、部屋の隅に並べて置かれていた。


「とりあえず、この椅子に座らせて下さい」


 メルデス神父は、その中の1脚を部屋の中央へ移動させた。私は、その椅子にビアンカを座らせるように置いた。気を失っている彼女は、既にお人形さんの様に見えた。


「エルフリーナ氏、ありがとうございます。僕ちゃんの愛するビアンカさんで間違いないです」


『それはよかった。この子のどこが気に入ったわけ? 可愛いから?』


 メルデス神父は、ビアンカの前にひざまづき、手を握った。そして、手の匂いをくんくん嗅ぎ出した。


「ビアンカさんは、僕ちゃんの行きつけのプッチーベーカリーに、1ヶ月前からバイトで来ている女の子なのです」


『うんうん』


「年は18歳と2ヶ月と7日、足のサイズは22.5センチ、好きな色は赤。好きな香水はインカントドリーム、好きなアニメはマッシュル、推しはKep1erケプラーのHIKARU氏、好物はプッチーベーカリーの極みカレーパンなのです」


『た、ただの客が知りえる情報量じゃないな。あはは……』


 メルデス神父は、続けてビアンカの靴を脱がして、今度は足の臭いをくんくん嗅ぎ出した。こやつは臭いフェチというやつなのか? とはいえ、仕事終わりの足の臭いなんて、いくら可愛い女の子だからって……


「ふおおおっ! 汗臭いっ♡」


 に、決まってるよね。しっかし喜んでんなぁ。まあ、いるよね。可愛い子のそういう恥ずかしい臭いに興奮する男って。ノーワーシャー勢は大体そうだし。おしっこ臭い、あそこが好きなんだから。


「うむ。やはり最高ですね。やはり臭い。くさかわいい♡」


 臭かわいい? そんなジャンル聞いた事もない。にしても、メルデス神父がビアンカを好きになった経緯が非常に気になる。


『メルデス神父は、臭い子がお好きなの?』


 メルデス神父は、ビアンカの臭い足から顔を離し、こっちを見た。


「ビアンカさんは、清潔で普段から臭いというわけではないのです。しかし、一度だけ油断して出勤した日があったのです」


『油断?』


「はい。ビアンカさんは活発な子なのです。大学でも、スポーツにうちこんでいます」


『スポーツ女子なんだ。なにやってんの?』


「子供の頃は、ソフトボールだったみたいですが、現在は野球のようです」


『へえ。どうりで下半身とかしっかりしてるわけだ』


「10日前、僕ちゃんがプッチーベーカリーに行くと、彼女は、焼き立てのパンをトレイに並べているところでした」


『うんうん』


「僕ちゃんはのがさなかった。焼き立てのパンのいい匂いに混じって、微かに香るビアンカさんのをです」


『そっちかー』


「常人ならば捉えきれなかったでしょう。私はパンの匂いよりも、彼女の脇の臭いにうっとりしてしまったのです」


『あれは、原始のフェロモンってやつなのかもしれんね』


「そんなキュートな脇の臭いを漂わせている彼女が、私を見て言ったのです」


『な、なんて?』


「『シナモンロールですよね? どうぞっ!』そう言って僕ちゃんのトレイに乗せてくれたのです」


『そ、それって……』


「はい。僕ちゃんは毎回買うんですよ。プッチーベーカリーのシナモンロールだけは」


『それを覚えてて。なるほど』


「それからというもの、僕ちゃんはシナモンロールの匂いを嗅ぐと、ビアンカさんの脇の臭いを思い出してしまうのです」


『匂いの記憶って忘れないって言うからねー。シナモンで脇か……』


「う、う〜ん……」


 あっ、ビアンカが目を覚ました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る