第367話 僕ちゃんの恐怖症
私はメルデス神父の車の助手席に乗り込んだ。車内はフレアフレグランスのフローラルスウィートの香りに包まれていた。タバコ臭いよりはマシだけど、女子か? こいつ。
「では、参りましょうか。シートベルトして下さいね。アンネマリー氏」
『もう、その名前で呼ばないで。特にこの姿の時は』
「では、なんとお呼びすれば?」
『エルフリーナ』
「分かりました。エルフリーナ氏」
『氏……まあいいや。行こ』
私を乗せてメルデス神父の車は走りだした。私はありったけの質問を彼にぶつけてみる事にした。
『メルデス神父は神に仕えてたんじゃないの? なんで悪魔の力なんて手に入れたの?』
車が赤信号で止まる。メルデス神父は前方を向いたまま、私の質問に答えた。
「エルフリーナ氏も同じだと思いますが、私も死期が迫っていたんですよ」
『それなー。焦るよねーあれ。やっぱりエルリッヒさんに?』
「はい。そうです。礼拝に来ていた彼に声をかけられましてね」
『運がいいとか、もうすぐ死ぬとか、最初わけわかんないよねー?』
「あはは。確かにそれはそうでしたね」
『メルデス神父はこの世界をどうしたいの? なにを求めてるの? 自分本来の生き方ってどんなん?』
信号が青になった。
ブゥン、ブゥン、ブ────ンッ!
「あはは。私の本来の生き方、知りたいですか?」
『知りたい!
ブウンッ!
ブウ──────ンッ!
「じゃあ、教えましょうか」
『早くッ! あははッ!』
「私が求める世界。それは、お人形さんの世界」
ブウ──────ンッ!
ブゥン!
ブウ──────ンッ!
『へっ?』
私は、メルデス神父の声がよく聞こえなかった。なに? お人形さんの世界って聞こえたような? 私は聞き返した。
『メルデス神父! なに? お人形さんの世界って聞こえたんだけど』
「はい。そう言いましたよ」
『な、なにそれー? ウケるッ!』
「僕ちゃんはですね、お人形さんがたくさん欲しいんです。可愛い可愛いお人形さんが」
メルデス神父の一人称が『僕ちゃん』に変わったんですけど。んー、なんだか怪しい展開になってきた。
『それってどゆこと?』
「僕ちゃんは幼少期から、ある恐怖症なのです」
『恐怖症?』
「ええ。人間、誰しも何かしらの恐怖症を抱えて生きている、そうは思いませんか?」
『そう、かな?』
「有名なのは高所恐怖症、閉所恐怖症、暗所恐怖症、といったところでしょうか」
『あー、分かる分かる!』
「他にも先端恐怖症、虫恐怖症、嘔吐恐怖症。変わり種だと月恐怖症、星空恐怖症なんてものまであるのです」
『月? 綺麗じゃん!』
「そう思うかも知れませんが、あの満月や星空に、宇宙の壮大さなどを感じ、不安に陥ってしまうのです」
『なるほど。宇宙って聞くと理解できなくもないね。宇宙って超不思議だもんね。で? メルデス神父はなに恐怖症なの?』
私はメルデス神父の返事に驚いた。
「僕ちゃんは生きている人間が怖いんです。毎日毎日、恐怖との戦いです。だから神に仕える道を選ぶ事にしました」
『そ、その恐怖に打ち勝つ為に? 救われる為に?』
「そうです。でも、何も変わりはしなかった。神は僕ちゃんを救ってはくれなかったのです」
『で、でも今、私ともこうやって普通に……』
「これのお陰ですよ」
ガサリ!
メルデス神父は、私に薬の入った紙袋を見せた。
『精神安定剤』
「それがないと僕ちゃんは生きていけない。お人形さんが手に入れば、この症状も多少、落ち着くのではないかと思っているんですよ」
『うええ……メルデス神父も大変だったんだー。お薬ないと生活できないとか、かわいそう』
「さらに、僕ちゃんの症状が厄介なのは、そのくせに女好きというところなのです」
『わけわっかんないッ! さっきの同情 取り消すしっ!』
こいつマジで大丈夫か? と思っていたら、メルデス神父が私にあるお願いをしてきたんだよねー。
はい! 次回に続くー♡
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