第362話 賞味期限

 『ハンス・エルリッヒ』


 渡された名刺に記された名前を、一瞬だけ見て私は聞いた。


「なに? 私ってば、死ぬわけ?」


 エルリッヒは、ベッドに入る事なく立ったまま、疑心暗鬼な私を見つめ、話し始めた。


「僕には君の寿命が分かるんだ。能力というものだよ」


「能力? 超能力ってこと?」


「悪魔の力、闇の能力」


「……は?」


 さむさむさむさむっー!


 ちょっとー。いい年こいたおっさんが悪魔? 闇の能力? 恥ずッ! 中二病かよッ!


「あはは。イタイおっさんと思われてしまったかな?」


「い、いえ。面白いなって」


 相手は客だ。こう言わざるを得ない。しかし、この男はひるむ事なく私に語り続ける。


「僕はね、自分の選んだ人間にしかこの事は話さないんだ。分かるかい? 君はという事だ」


「選ばれた? 何に?」


「もちろん、君にも闇の能力者になってもらう。という事だ」


「わ、私が? 闇の?」


 なにこの展開? マジからかってんの? こういうプレイが好きなの? まあ、ありっちゃありかな。


「君は生きているか?」


「え? 自分らしく?」


 それ聞く? この歳で売春してる私にそれ聞く? でも、自分らしくか。この生活に突入してから考えた事なかったな。


「とても言いにくいんだけどね、君はHIVに感染している」


「はあっ!? エ、エイズッ!?」


「そうだね」


「そ、そんな、なんで……」


 私は顔が青ざめた。客はゴムなんてしてなかったし、確かに何に感染してても不思議じゃない。


「なるほど。君のその反応。一応 せいに執着はあるようだね」


「まだ私15歳だし、死にたくなんてないよ。でも、マジでっ?」


 そのおっさんは眼鏡を外し、ブランド物のピンクのハンカチで、軽くレンズを拭き、かけ直した。


「君はSEXがなんなのか知らない。違うか?」


「な、なによそれっ……」


 そんなの男が精子出して気持ち良くなるものでしょっ!? 知ってるし!


「君は命が残り僅かだとしても、今のこの生活を続けるのかい?」


「こ、この生活?」


「ロリコン親父に体を売る生活をだよ。続けるのかい?」


「ちょっ、私本当に死ぬのっ? エイズで? 本気で言ってんのっ?」


「君はエイズで死ぬわけじゃない。別の死因だ。ちなみにHIV感染は早期に適切な治療を行い、投薬すれば死に至る事はない」


「そ、そうなんだ。へえ。で、でも別の死因って! 勘弁してよっ!」


 エルリッヒは、壁にもたれ掛かりながら腕を組み、死に怯える私に、まっすぐな視線を向ける。その眼鏡の奥の瞳には、妙な説得力を帯びた輝きがある。


「君の本来の生き方とはなんだ? 僕みたいなおっさんと、気持ちよくもないSEXをし続ける事なのか?」


「そ、そんなわけ……や、やめてよ! 説教とかっ!」


「説教なんかじゃない。僕の言う事は全て事実だ。君は今年中に死ぬ。その前に悪魔の力を得る事をお勧めする。アンネマリー・クロイツァー」


「悪魔の力って、ヤヴァくないの?」


「今の僕がヤヴァく見えるかい?」


 エルリッヒはニヤリと笑った。


「見えるといえば見える。見えないといえば見えない。かな」


「君は運がいいと言ったのは、こんな形であれという事だ」


「闇の能力者のあなたに?」


「ああ。悪魔の力を得れば君の命は永遠となる。そして、自分本来の生き方が明確になる。したい事を好きなだけして生きていけるという事だよ。アンネマリー」


「したい事を好きなだけ?」


 エルリッヒはペンを取り出すと、私にくれた名刺の裏にスラスラと何かを書き、再びそれを私に差し出した。


「その場所へ行き、悪魔の力を得るといい。それで君の生活は一変する。だが無理にとは言わない。この生活を続け、いずれ訪れる死に身を委ねるのもいいだろう」


「へえ。そういう言い方するんだ。結局は自分で決めろって事ね。じゃあ聞くけど、その闇の能力者ってのはさ、何人いるわけ?」


「私を含め、現在3人だ」


「そうなんだ。思ったより少ないんだね」


「最終的には7人まで増える予定だ」


「ん? なに? ひょっとしてその7人でなんかやらかそうって魂胆なの?」


「あはは。君は若いのに察しがいいね。その通り、この世界は生まれ変わるんだ」


「んー、よく分かんないけど、その力を得れば私は死なずに済むと。そしてしたい事ができると。そゆことね?」


「そゆことだ」


 名刺の裏には住所が書いてあった。


「ふーん。分かった。ここへ行ってみるよ。ここに誰かいるのね?」


「大魔司教様がおられる」


「へえ。親分がいるわけだ」


「君の鬱積うっせきしたそのパワー。私の目に狂いがなければ、十分、大魔司教様のお力になれるだろう」


「だるっ! 私ってば本当はあまり群れるの好きくないんだよねー。勝手に生きさせてよ。だめ?」


「人は属してこそ真の力を発揮できる生き物なんだよ。それもそこに行き、大魔司教様に会えば分かるだろう」


「ふーん。分かったよ。エルリッヒさん、ありがとう。確かにこのままでいいのかなっていうか、このまま続けてても先が見えてるなって思ってたんだ」


「先が? そうなのかい?」


「うん。もう私 今年から高校生だし、そうなれば私みたいなブスは大した価値ないんだよ。子供だから多少ブスでも需要があったんだと思う」


「なるほど」


「もう賞味期限切れなんだよ。ブスの私は」


「ならば、生まれ変わるといい」


「うん」


「君は運がいい。大丈夫だ」


 エルリッヒさんは、それだけ言って帰って行った。フェラぐらいしてあげたのに。


 私は翌日、大魔司教に会う為に、エルリッヒさんの名刺の裏に書かれた住所に向かう事にした。


 

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