第360話 私はゴミ箱

 そんなある日の事だった。クラスのカースト上位の女子生徒の会話が聞きたくもないのに私の耳に入ってきた。


 『優越感』


 今思えば、それを得る為に敢えてカースト下位の私に聞こえるように喋っていたんだろう。







「先輩マジでエロかったー♡」


「本当っ?」


「舐め方がヤバい……5秒でイッちゃった♡」


「えー! すごっ!」


「君煮でイクの超気持ちいいよッ!」


「私イッた事ないんだよねー」


「先輩、超カッコよくて、超エッチうまいし最高だよぉ♡」








 『カッコいい先輩とSEX』

 





 私の中で何かがガラガラと崩れる音がした。この歳でSEXしてるのは私だけ。そう思っていた。そして、それが唯一、私が学校ここで優越感を得ることのできる誰にも負けないアビリティだと思っていた。


 それなのに、そのクラスメイトはロリコン親父ではなく、カッコいい先輩とSEXをしているらしい。私はSEXを大して気持ちいいなんて思った事ないのに。なんか腹立つ。


 でも私は小6からだし! 私の方が絶対早いしっ! 早いし……。負けてないし……。


「やっぱり好き同士のエッチって幸せって言うかー、めっちゃって感じ?」


「うわー! 中1で愛 語る〜?」



 『愛』


 そんなもの私は知らない。そんなものありはしない。そんなものは幻想。SEXは性の吐け口。男が精子を出す快楽の為にするもの。女はその道具。そんな事も知らないの?


 その子にそう言ってやりたかったけどやめた。私は大人だ。子供相手にムキになる必要はない。


































「うおっ、マリーちゃん♡ おじさんもうダメだっ! で、出るッ!」


「うん。いいよ」


 今夜も50歳のおっさんとSEXした。私は避妊の為 ピルを飲まされている。中出しは禁止しているけど、ゴムはしていない。なので毎回 精子はお腹か胸に発射される。その時、私は自分をゴミ箱に感じる。


 精子はゴミ。くっさいゴミだ。


 あんな気持ち悪いものから生命が誕生するとか、ありえないんですけど。精子とか卵子とかキモいんだよ。


 人間はキモいんだ。私もキモい。


 あんなものから出来上がったのかと思うと自分が許せない。世の中の人間、全員『精子人間』なんだ。


 だから妊婦を見ると吐き気がする。


 精子人間を宿し、腹を不気味に膨らませた奇妙なフォルムで、さらにそれを自慢げに街を闊歩する。


 なんならそんな自分に優しくしない人間、優先しない人間に対し、侮蔑ぶべつの視線を向けたりもするモンスター。


『私は妊婦よ!』


『お腹に赤ちゃんがいるのよ!』


『特別なのよ!』


『優しくされて当然なのよ!』



 知らんがな。


 勝手にSEXして精子人間作って腹デカくして、そんな自分は特別? 優しくされて当然? 何よりも優先される? 当然のようにそう思っているのなら恥ずかしいにも程がある。


 世の中はな、全員『自分中心』で回ってるんだよ。妊婦お前らの事なんて『SEXしました』『中出しされました』それだけの女にしか見てないんだよ。 


 偽善に支えられてるんだよ。自覚しろ。当然の様な顔をすんな。その腹の中身が将来、人を騙し、傷つけ、殺す、くそ犯罪者になる可能性がある事も忘れるなよ。


 そして、その犯罪者に成り下がった我が子もちゃんと愛し続けろよ。その覚悟を持ってんのか?


 包丁片手に演説していた母の言葉の意味が、今の私にはよく理解できた。


 『子供を作るようなSEXをしてはいけない』


 私の心は知らない間に酷く荒んでいたのかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る