第339話 アイリッサの涙

 突然、耳元で囁く若い女の声。それはエルフリーナの声。頭の中で戦いのシミュレーションをしていたとはいえ、全く気配を感じなかった。


 首都ルベリン、アーキヴァハラ。それなりに人の流れはある。待ち合わせ場所のネカフェもすぐそばだ。ネル・フィードは決して周囲への警戒も怠ってはいなかった。


「エ、エルフリーナは本当に透明人間なのか? それにしても人体の放つ熱や空気の振動、それをも消せるという事なのか?」


 実はネル・フィードは念の為に、ダークマターを蜘蛛の糸レベルの細さで自分の周りに張り巡らし、接近者への対策もしっかりとっていた。


 にも関わらず耳元で囁かれるという戦場ならば死にも値する失態。


 悪魔の力を保有する闇の能力者達。


 その能力の多彩さに、ネル・フィードは驚きを隠せずにいた。


 時刻は12時45分を回った。エルフリーナとの約束の時間まで残り15分。


「アイリッサはまだか……!」


 カチッ、カチッ!


 ネル・フィードがイラつき気味にグロテスクに火をつけかけたその時ッ!


 ギィッ!


 カランカラーン!


 薔薇従事団のドアが開いた。


「姫♡ またのお越しをっ♡」


「はーい! また来ますよー! ぷひー♡」


「おおっ! 麗しの『ぷひー』ありがとうございまーす♡」


 アイリッサが頬を赤らめながら、意気揚々とカフェから出てきた。


「ネルフィー! お待たせ! コットンラビッツ行こ♡」


「アイリッサさん、完全に遊びに行くノリじゃないですか。命をかけた戦いが待ってるんですよ、もう少し緊張感を……」


 そうネル・フィードが呆れ顔でぼやいていると、アイリッサが俯き、拳を握りしめ何かを呟きながら震え出した。


「……てやる……!」









「はい? なんですか?」











「……てやるッ……!」


「ア、アイリッサさん?」














「エルフリーナは私がぶっ殺してやるッ! て言ってるんですよおッ!!」


「うわっ! アイリッサさん声が大きいですよっ……!」


 道ゆく人達がアイリッサを怪訝な表情で見ながら避けるように歩いていく。


「はあっ! はあっ! はあっ!」


 アイリッサは肩を震わせ泣いていた。


 ネル・フィードは今気づいた。大好きなYouTuberスプラッシュ・カーターを殺されたアイリッサの悲しみは自分が思っていたよりも遥かに大きかったのだと。


 そして、それがあふれ出ないようにカフェを巡り、感情をコントロールしようとしていたのだと。


「アイリッサさん……」

(そうだったのか。いつもみたくただ遊んでいるとばかり。ごめんよ……)




















「ぷひー♡ エライト様とキアレンツァ様の2人とチェキ撮ってパワー全開ッ! 感動して涙が出てきちゃいましたよー♡ んはあっ!」


「…………んへ?」


「うおっしゃあ! 気合い入れてエルフリーナぶっ殺しますよー! カーター君を殺した罪は死よりも重いんですからねーっ!」


「……あ、あ、あ、あの〜ぶっ殺すんじゃなくて、ダークソウルを抜き取って、人間に戻すというですね。あの、一連の……」


「え? そうでしたっけ? そんなの忘れましたー! あーあ、エンジェル・チェーンソー的なのは出ないのかな〜? ぷひっ! ぷひっ!」


 グッ! グッ!


 アイリッサが力を込めた右手を見つめながら言った。


「で、出たとしても出さないであげて下さい。あは、あはは……!」

(本当に出せそうで怖いな……)



 ネル・フィードは再びあの幻覚の事を思い出し震えた。そんなこんなでエルフリーナとの約束の時間まで残り12分。

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