第338話 scramble for the princess

 ガラの悪い車椅子の少女とのぷちトラブルはあったものの、2人は5分程で男装カフェ『薔薇ばら従事団じゅうじだん』に到着した。


「ではアイリッサさん! 楽しんできて下さい! 私はここで待ってます」


「先に行かないで下さいよ! ぷう」


「いくらすぐそこが『コットンラビッツ』とはいえ、12時50分には出てきて下さいよ! エルフリーナを逃すわけにはいかないので!」


「はーい♡ いってきまーす!」


 アイリッサは、ぱっと見は普通のカフェとなんら変わらない『薔薇従事団』の赤いドアをゆっくりと開けた。


 カランカランッ!


 平日とはいえ、店内はそれなりの女子達で賑わっていた。するとアイリッサに気づき、素早くスマートに1人の店員がやって来た。


「ご来店ありがとうございます! お1人様でよろしかったですか?」


「あ♡ はい……」

(うおーい! いきなり超イケメンきたー! こ、このお方は……確か……)


「どうぞ! こちらのお席へ……」


「は、はい♡」

(ま、間違いないッ! このお方は薔薇従事団の団長ッ! な、名前は……!)


「本日はお越し下さりありがとうございます! この『グランディディ・エライト』になんなりとお申し付け下さいね!」


「は、はい♡」

(そうっ! エライト様よっ♡ ネットで紹介されてた! こ、これで女? うっそーん♡)


 アイリッサが興奮するのも無理はなかった。エライトは美しいウェーブのかかった黒い髪。透き通る白い肌。ディープマリンブルーの瞳。触られたくなるようなエッチな指。声も低すぎず高すぎない透き通る美声。


 その全てがアイリッサの女の部分をときめかせていた。


「ぷ、ぷひー♡」

(ヤ、ヤヴァい。ここまでの破壊力とはっ! 少しムラムラしてきた……)


「あははっ! 『ぷひー』って可愛いね♡ 口癖なの?」


「え? いや! は、はい♡」

(これこれっ! これがネルさんには全くもってないのよー! さすがエライト様♡)


「あっ! そうだ! 名前って聞いてもいい? あはっ!」


 キラーン☆


「ア、アイリッサ、アイリッサ・エーデルシュタインです……♡」

(笑顔が眩しいッ! 億千万の胸騒ぎが止まらないんですけどっ! ぷひー♡)


「アイリッサちゃんか。顔も名前もめっちゃ可愛いんだね。なんかもう好きになってきちゃった♡ あっ、ごめんね! 勝手に片思いだから許してくれるかな? あははは」


「ぷ、ぷ、ぷひぃ……」

(な、なんやこの人! もう男であれ!)


「アイリッサちゃんは今日はどんな気分? 何か食べる? 飲み物がいい? どうしよっか?」


 エライトはテーブルの上に優しくメニューを開いて置いた。


「私さっきランチ食べたので、お飲み物を頂きとうございます♡」

(早いとこ火照った体を冷やしたいっ! コ、コーラでいいっ!)


「冷たいの? あったか〜いの? どっちにする?」


「つ、冷たいコーラで……♡」

(そらコーラは冷たいやろっ!)


「かしこまりました! 今、持ってくるから少ーしだけ待っててね♡」


「はーい♡」

(マジで声ヤバいッ♡)


 エライトが厨房の方へ行った瞬間、別の店員がアイリッサに声をかけてきた。


 さっ!


「君。超可愛くない?」


「……えっ♡ そ、そんなこと、ないですよっ!」


 ぎゅ♡


 「そんなこと……あるよ♡」


 その店員は向かいあって座り、アイリッサの手を握りしめた。そして……


「あはっ!」


 キラーン☆


「ちょっ、ぷひっ♡」

(キ、キラースマイルッ♡ た、確かこのお方の名前は……!)


「今度来た時は、僕を指名して欲しいな。一目惚れしてしまいましたよ。なんて可愛らしいお嬢さんなんだ♡」


「キ、キアレンツァ様ですか?」

(お、思い出したー♡ プ、プロの男装家の人だよッ! き、綺麗〜!)


「う、嬉しいな! 僕の事を知っててくれたなんて……」


「も、もちろんです! キアレンツァ様は超有名ですよ! テレビにも確か、出てらっしゃいましたよね?」


「あっ! 先週のセブンルール、見てくれたの?」


「はいっ!『朝ご飯は必ずカステラを食べる』ってルール! なんか可愛いって思いました!」


「あはは! 僕、カステラがアホみたいに好きなんだよね!」


「でっ! ふたつめのルールの『カステラには必ず牛乳をかける』もやってみたらハマっちゃいましたよ!」


「ねっ? 合うよねっ? もう朝は牛乳カステラに決まりなんだよ! たまにお腹痛くなるんだけど! それでもやめられない!」


「あははッ! キアレンツァ様もゲリピーになるんですかっ?」


「そうそう! キアレンツァもゲリピーなのさっ! あはははッ!」


 盛り上がっている2人のところにエライトがコーラを持って戻ってきた。


「キアレンツァ。アイリッサちゃんは僕の姫なんだ。消えてくれないかな?」


 ガタン!


 キアレンツァが立ち上がりエライトにガンを飛ばす。


「アイリッサちゃんか、素敵な名前だ。ますます欲しくなっちゃいましたよ。消えるのは貴方の方だ」


 その光景にアイリッサはドキドキが止まらなかった。


「はあ〜♡」

(こ、この展開は! 薔薇従事団名物『姫の奪い合い』っ! とはいえ、やってもらえる姫は1日に僅か数人だったはず! わ、私は選ばれし姫っ♡)


「キアレンツァ……!」


「エライトさん、譲りませんよ!」


「ふ、ふたりとも〜! 私の事で喧嘩しないで〜♡ だめー!」

(って止めるまでが一連の流れ♡ こ、この後2人とチェキ撮りまくろ。ぷひ♡)


 こんな感じでアイリッサが浮かれていたその頃、ネル・フィードは薔薇従事団の外壁を背に、ベンチに座ってエルフリーナとの対決のシミュレーションをしていた。


「ふぅぅ……」

(エルフリーナの姿なき斬撃。ダークマター全開で防げるものなのだろうか? 悪魔の力は底が知れん……)


 その時ッ!























『ゼロさーん♡ 遅刻はしないでねっ♡ 待ってるよ〜♡』


 ビクウッ!!


「うわあっ! ど、どこだっ!? エルフリーナかっ!?」


 突然立ち上がり、大声を出したネル・フィードに対し、通行人が冷たい視線を向ける。


「耳元で囁かれた。ま、まったく気配を感じなかった、嘘だろ?」


 ネル・フィードはエルフリーナの急接近に驚き、動揺していた。


 そんなこんなでエルフリーナとの約束の時間まで残り31分。

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