第337話 車椅子の少女

 ネル・フィードとアイリッサはメイドカフェの入った雑居ビルを出ると、早足で男装カフェ『薔薇従事団』に向かった。


 タッ、タッ、タッ、タッ、


「もう13時まで1時間切ってますよ。アイリッサさんがメイドカフェに寄ろうなんて言うからー」


「楽しんでたくせに。『あー♡ chiepinちえぴんさーん♡ 萌え萌えですー♡』って!」


「そこまでは言ってませんよ」

(chiepinさんが可愛かったのは事実なんだが、少し浮かれ過ぎたか……)


「そのネカフェの『コットンラビッツ』でしたっけ? 割と薔薇従事団から近いんで大丈夫ですよ!」


「薔薇従事団には自分は入らないので楽しんできて下さい。時間になってもアイリッサさんが出てこなかったら、ひとりで先に行ってますから」


 ネル・フィードのその言葉を聞いてアイリッサは眉をひそめた。


「へえ。ネルフィーはそういうこと言うんだ?」


「え? え?」


「天使の私がいなくてもいいってこと? 天使の力がないと闇の能力者か分からないのに?」


「そ、それは……!」


「ダークソウルも引っ張り出せないのにひとりで行っちゃうんだ? そんなに冷たい人だったんだあ。chiepinさんにはデレデレして優しかったくせに! へえっー!」


「ですがッ! 時間を守らないとエルフ……」


「ネルさん! 前! 危ないっ!!」




 ガチャンッ!!



「うわっと!」



 ドサッ!


 ネル・フィードはなにかにぶつかり思いっきり転んでしまった。


「だ、大丈夫ですかっ!?」


 そうアイリッサが声をかけたのはネル・フィードではなく、ネル・フィードがぶつかってしまった車椅子の少女の方だった。


「……はい。大丈夫といえば大丈夫です。でも大丈夫じゃないと言えば大丈夫じゃないです」


「ぷひ……?」

(ど、どっちやねん?)


 その車椅子の少女。年はまだ10代半ばのよう。不機嫌さを隠さないその顔はお世辞にも可愛いとは言えない。伸びっぱなしの黒髪、唇も肌もガサガサに荒れていた。


「どこも痛くない? びっくりさせちゃってごめんねー!」


 アイリッサは少女の体を気遣い、さらに声をかけた。大人の対応をしたつもりだったのだが、少女の顔はさらに不機嫌さを増していた。


「は? ごめんねーじゃねーよ! あーなんか首いってぇ。ムチウチってやつじゃないのーこれ? 勘弁してくれよ。マジで許せねぇわ。障がい者なめてんのかよ。どこ見て歩ってんだ? あーん?」


「ぷひー……ぷひー」

(こんガキャー優しくしてたら調子乗りやがって。あんぐらいでムチウチなんかなるわけねーだろーが。最大限に優しくしてやったのによー。あー! 腹立つ! このブス子!)
















 ピンポンパンポーン♪


※ちなみに本日、基本的にアイリッサさんの機嫌はあまり良くありません。大目に見てあげて下さいますよう、よろしくお願い申し上げます。










 ネル・フィードが少女の剣幕を見てゆっくり起き上がった。


「ごめんね。私が前を見ていなかったのがいけないんだ。首が痛いの? どのへんだい? 動かせる?」


 車椅子の少女はネル・フィードに向かってさらに悪態をつく。


「てめー! マジで慰謝料請求すっからな……え? え? ゼ……」


「どうしたの? 痛む?」


 少女の悪態が嘘のようにピタリと止まった。それだけではない。顔がみるみる赤くなり、俯いてしまったのだ。


「だ、だ、大丈夫です! そ、それじゃあまたっ!」


「え? そ、それじゃあ。だ、大丈夫なのかな?」


 心の荒んだ車椅子の少女は逃げるように去って行った。ふたりともキョトンだった。


「ぷひい……」

(私は見逃さなかったよ。あのブス子、完全にネルさんのことを特別な目で見てた。タイプだったのか? あーん!? ざっけんなよ!)


 アイリッサさんの機嫌はさらに悪くなった。そんなこんなでエルフリーナとの約束の時間まで残り57分。

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