第319話 ツーショット

 ふたりはみちのあかりの手作りの夕食をおいしく頂いた。その中にはネル・フィードがランクフルートで買ったソーセージを使った料理もあった。


「ごちそうさまでした」


「美味しかったー! ぷひー♡」


 正直なところネル・フィードはあまり食欲がなかった。遠目ではあるものの、ホラーバッハの無残な最期を目の当たりにしたからだ。


 死と隣り合わせで生きてきた百戦錬磨の戦士である自分が、その程度のことで食欲を削がれるという現状に戸惑いを感じていた。


 3人は談笑しながら食事を終えた。


 食後のコーヒーを飲んでいると、時刻は既に夜の8時を回っていた。


「おふたりともディーツのバドミールハイムからお越しでしたよね? ホテルに泊まるのでしたら、うちに泊まって頂いて構いませんよ。ゲストルームもいくつかありますので」


 ネル・フィードは外を見ながら残りのコーヒーを飲み干した。


「あかりんさん、ありがとうございます。ですが、私達は自宅へ戻ります」


「ぷひ? ネルさん! 今からだと帰宅は深夜になっちゃいますよ! しんどくない?」


 コーヒーカップをテーブルに置き、ネル・フィードはにっこり微笑んだ。


「アイリッサさん。どうですか? 飛んで帰るってのは。夜景も綺麗かと」


「あっ……!」


 先程のホラーバッハとの戦いの中で、アイリッサも天使の翼による飛行が可能になっていた。


 飛んで帰ることができれば、来た時より時間はかなり短縮できるし、お財布にもとても優しい。


 正直ネル・フィードは、いきなりプロポーズしてきた男の家にアイリッサを泊めるのが、なんか嫌だった。


「夜景見たーい! わーい♡ 飛んで帰りましょ! ネルさんッ!」


 みちのあかりは非常に残念がっていたが、2人は飛んで帰ってみることにした。


「あかりんさん、今日は情報提供、そして美味しい手料理まで振る舞って頂いて、ありがとうございました」


「いえいえ。ネル・フィードさん、アイリッサさん、闇の能力者からこの世界を守って下さい。私が本当に撮りたい、この美しい世界を!」


「にゃーん!」「ごろにゃーご!」


 みちのあかりとレイシアとアリシアに見送られ、2人は広い庭に出た。


「行けますか? アイリッサさん」


「おけまるでーす! ていっ♡」


 フワサッ!! キラリンッ☆


 アイリッサは美しく光輝く天使の翼を広げた。


「う〜ん。アイリッサさん」


「なんですか? ネルさん」


「その翼の輝きって調整できないんですか? かなり目立ちそうな気がするんですけど……」


「あ、そっか! ちょっと待って下さいね! 省エネモードにします!」


 すうううう……


 アイリッサの天使の翼の明るさが、10分の1になった。


「このぐらいならいいですかっ?」


「はい。それなら大丈夫でしょう」


 突然、みちのあかりが笑い出した。


「あはは。天使の輝きまで微調整できるとか、アイリッサさんらしいや! うん! やっぱり素敵だな♡」



 フワサッ! フワサッ!


「じゃあねー! あかりん! いい写真撮って有名になってね!」


「がんばりますよー!」


「それでは、失礼します」


「はい。お気をつけて!」




 ギュンッ!



  シュンッ!



 2人はみちのあかりに手を振り、飛び去った。


 ネル・フィードのスピードにアイリッサは難なくついていけた。少しずつスピードを上げてもアイリッサは余裕だった。


「すごいですね! 天使の翼!」


「でしょ!? 褒めて褒めて♡」


 ギュンッ!


  シュウンッ!


 飛び始めて5分が経った。


「アイリッサさん! あれ、エッシェル塔ですね! 綺麗にライトアップされてるじゃないですか!」


「ぷひー! 綺麗っ♡」


 パリスヒルの夜景は、エッシェル塔を中心に宝石を散りばめたような美しさだった。


 それを愛おしいアイリッサと眺める時間は、ホラーバッハとの戦いでできてしまったネル・フィードの心の隙間を優しく埋めてくれていた。


「あっ、そうだ! アイリッサさんはレズビアンだったんですね! 少しびっくりしましたよー」


「そうなんですよ。もう更衣室とかウハウハで♡ っておいっ! 信じてたんかーいっ!」


「う、嘘だったんですね……」


「はい。私は異性愛者です。女性を性的な目で見た事はありませんっ!」


「そ、そうなんだ。……」


「え? なんですか?」

(今『よかった』って言わなかった? 嘘っ? えー♡)


「な、なんでもないないっ! しゃ、写真っ! 写真撮ってあげますよ! エッシェル塔をバックに!」


「もうっ! ここはツーショットでしょ? ほらっ! 来てください!」

(アイリッサ、いっちゃいまーす♡)


 ぎゅうっ♡


「おわっと……!」


 アイリッサは、勇気を出してネル・フィードの腕に自分の腕を絡ませ、引き寄せた。


「と、撮りますよっ! ネルさん笑ってー!」


「は、はい……あはは……」


「はい! ぷーひ♡」


 カシャリッ!


 とびっきりの笑顔のアイリッサと、引き攣った笑顔のネル・フィードの初ツーショット写真が撮れたパリスヒルの夜。



 フワサッ! シューン!!


「うふふ」


 なでなでっ♡


 ツーショット写真に大満足のアイリッサは『ぷりぷりお尻大作戦』が少しは効果があったのかもしれないと、自分のお尻を愛でながら思っていた。

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