第299話 パウル・ヴァッサーマン
僕はエルリッヒさんからもらった小さな紙を広げてみた。そこには住所のみが書かれていた。
「ホラーバッハさん、そこに行ってください。できれば今日中に。あるお方がそこで貴方を待っています」
「悪魔の力を、その人が?」
「そうです。悪魔の力を手にすると生き方がより明確になります。本来の自分で生きることに、なんの迷いもなくなるのです」
僕はエルリッヒさんと話をしているだけでも十分その域に達していた。この人がエルザさんの元彼だったということもその要因のひとつだろう。
エルザさん。僕はもう一端の社会人には戻れないかも知れません。でも、こんな社会1回壊した方がいいのかもしれないですよ。
あなたもクズだと思っていたのなら、僕はもう迷わない。あいつらを許さない。
「あの日、あなたがエルザの内臓を食べる姿を見なければ、僕があなたに会いに来ることはなかった。ホラーバッハさん、あなたは実に運がいい。では失礼します」
エルリッヒさんはなにかを確信したように立ち去っていった。なんという濃密な時間だったのだろう。『時間』とは過ごす人によって、その形を変化させるものだということを改めて思い知らされた。
外はもう暗くなっていた。僕はもう1本レッドブルーを飲んでから、紙に書かれた住所を目指すことにした。
ブロロロロロロ……ゥゥン……
僕は書かれた住所に到着。側の空き地に車を停めた。悪魔の力を授かるのは、この朽ちた教会というわけか。明かりはついている。中にはちゃんと人がいるようだ。
僕は重い扉を開けた。
ギギギィィィイイ……
中は外観の印象とは異なり、広く、明るく、美しかった。そして、奥の祭壇にひとりの人物がいた。
「あの人がエルリッヒさんの言っていた、僕に悪魔の力を授けてくれる人なのか?」
ツカ、ツカ、ツカ……
僕はゆっくりとその人物に近づいていった。向こうも僕を見ている。なんとも優しい笑顔だ。赤のスカプラリオを身に纏い、胸には
「よくお越し下さいました。エルリッヒから話は聞いています。ホラーバッハさんですね?」
「はい。はじめまして」
「はじめまして。私はパウル・ヴァッサーマン。早速、あなたに悪魔の力を授ける儀式に移りましょう」
「はい。感謝します」
僕は冷静な顔をしていたが、内心とても驚いていた。悪魔の力を授かるなんて、もっとおどろおどろしい雰囲気を想像していたからだ。
しかも、このパウル・ヴァッサーマン。なんとも可愛らしい女性ではないか。歳は下手をすればまだ17、8と言ったところだぞ。本当にこの子が僕に悪魔の力を?
「さっ、こちらへ」
僕はパウル・ヴァッサーマンに促され、祭壇に上がった。
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